

日本は一人あたりのプラスチック容器・包装の廃棄量が、アメリカに次いで世界第2位。環境省の予測によれば、このままのペースで廃棄物を埋め続けると、日本のゴミを埋め立てている最終処分場はあと20年余りで満杯になるというデータがある。
この現実は、私たちの生活基盤を根底から揺るがしかねない国家的課題だ。
常識を覆す技術でその課題に挑むのは、創業から100年以上の老舗化学メーカー・DIC。
彼らが目指すのは、処理されるプラスチックを、資源という名の「都市油田」に変えること。具体的には、これまでリサイクル不可能とされてきた「色付きトレー」を独自の化学技術で「透明」に戻し、再びトレーとして生まれ変わらせるイノベーションだ。
DICの技術革新と社会実装の挑戦を追う番組シリーズ「サイレント・イノベーター」。
今回は、起業家の成田修造氏とフリーアナウンサーの平井理央が、三重県四日市市にあるDIC四日市工場を訪問。
DIC株式会社 執行役員 パッケージングマテリアル事業本部長の森長祐二氏に、日本の未来を救うかもしれない取り組みについて聞いた。
20年のタイムリミットと都市油田
平井: 「環境問題」と聞くと、遠い未来の話や意識の高い人だけのテーマのように感じてしまうかもしれません。しかし、現実は待ったなしの状況です。
環境省のデータによれば、2021年時点のペースで私たちが廃棄物を埋め続けると、あと20年余りで日本のゴミ埋立地が満杯になると予測されています。
もし埋立地の問題を解決できなかったらどうなるのか。
例えばイタリアのナポリでは、街中にゴミが溢れ、住民の抗議デモや社会不安を招いた事例があります。

成田: 東京も、こうなる可能性があると。埋立地が足りなくなれば、新たな処分場の建設に莫大な税金が投入され、財政を圧迫しますよね。
ミクロな視点で見れば、かつてナポリで起きたようにゴミが街に溢れ、悪臭や衛生環境の悪化を招いたり、動物が街に出てきたりするリスクも懸念されます。
平井: まさに生活基盤が揺らぐ危機です。
実は日本は、一人あたりのプラスチック容器・包装の廃棄量がアメリカに次いで世界第2位です。
森長: それだけ膨大なプラスチックごみがあるということは、裏を返せば日本には莫大な「資源」が眠っていることを意味します。私たちはこれを「都市油田」と呼んでいます。
もし、この大量の廃棄物を単に埋め立てるのではなく、エネルギーや原料として完全に循環させることができれば、日本は世界第2位の「資源大国」になれる可能性を秘めていると考えています。

成田: ゴミをコストではなく資産として捉え直せばいい。使ったぶんだけエネルギーを生み出すことができれば理想的ですよね。
森長: おっしゃる通りです。ゴミにもう一度命を吹き込み、リサイクルによって有効活用する。そうすれば、豊かな生活を維持しながらゴミ問題を解決できます。
プラスチックの価値を活かしながら循環させることこそが、素材メーカーとしての使命だと考えています。
リサイクルの壁、「黒い樹脂」問題
平井: しかし、食品トレーのリサイクルには大きな技術的ハードルがあります。
こちらの鮮やかな色のついた食品トレー、スーパーでよく見かけるものですよね。
成田: 日常的によく見るトレーですね。

森長: 色柄付きのトレーは、食品を美味しく見せる役割を果たしています。例えば、実際に店頭に陳列されているときの状態を再現するとこのようになります。
成田: 印象が大きく違いますね。
平井: 断然、色柄付きを選びたくなります。

森長: しかし、これらがリサイクルの現場ではハードルになってしまうんです。
白いトレーは透明な原料に戻るため、再び白いトレーとして再利用できる。これを「水平リサイクル」と言います。
一方、色柄付きのトレーは、粉砕して溶かすとさまざまな色のインキが混ざり合い、どうしても「黒色」の樹脂になってしまう。
平井: 絵の具と同じで、色を混ぜれば黒くなりますね。
森長: その通りです。黒色の樹脂になると、再び食品トレーに戻すことは難しく、黒いハンガーやバケツ、植木鉢など、限られた用途にしか使えませんでした。
お客様からは長年、「この黒いペレットから色を取り除き、透明に戻してほしい」というリクエストをいただいていました。
成田: 「黒から透明へ」ができたらすごいじゃないですか。

森長: ここで活きるのが、DICが色の会社であるという強みです。
私たちは長年、「いかにインキを素材に密着させるか」を研究してきました。
それは「なぜ密着するのか」「どうすれば剥がれるのか」というメカニズムを誰よりも熟知しているということでもあります。
この知見を活かし、回収した黒色のポリスチレンからインキ成分だけを分離・除去する「Dic法(Deinking chemical process)」を開発しました。

これにより、黒色の樹脂を透明なポリスチレンに戻し、再びトレーへと生まれ変わらせる水平リサイクルが可能になる。そのプラントを、ここ四日市市に作ったんです。
成田: 逆転の発想だ。なんかワクワクします。これ、DICさんじゃないとなかなかできないですよね。
森長: インキと樹脂と、それらが作られるプロセスを知っていることが大きかったと思います。
成田: インキと樹脂を作っているからこそ、色の落とし方もわかる。どんなトレーでもまた同じようなトレーに戻せるんですか?
森長: はい。大げさに言えば、ほぼ永遠に循環させることができます。
成田: 素晴らしいのは、この技術が誰も無理をしていない点ですよね。

環境問題への取り組みは、しばしば「我慢」や「コスト負担」を強いる自己犠牲になりがちです。
しかしDICのアプローチなら、消費者は便利な色付きトレーを使えるし、メーカーもデザインを諦める必要がない。純粋に技術の力でボトルネックを解消しています。
これこそが、持続可能なイノベーションのあるべき姿ですよね。
企業と行政で実現「四日市モデル」
平井: 食品トレーを含む一般家庭でのプラスチックごみは、日本だけでも年間およそ387万トンが廃棄されていると言われています。森長さん、この量のリサイクルを実現するためにはDICだけでは難しいですよね?
森長: DICだけではすべてを解決できません。特に、トレーの回収には市民の協力と行政のバックアップが不可欠です。
平井: そこでDICに協力したのが、日本有数の工業地帯である四日市市だと伺いました。今回は、DICと連携してリサイクル事業を推進する四日市市の森智広市長にも、お話を伺いました。
森市長: 四日市は半世紀前に四日市公害を経験しており、環境への取り組みは市として最重要テーマの1つです。
そうしたなか、DIC様は四日市工場で世界最先端の技術力を用いて食品トレーのリサイクル事業に取り組んでいます。この技術と行政の取り組みが1つになれば、大きな可能性が生まれると感じ、包括連携協定を締結いたしました。

市としては、市役所や公共施設に回収ボックスを設置し、市民の皆さまにも食品トレーの回収にご協力をいただいて共同実証試験を行いました。
環境教育にも力を入れており、DIC様を講師としてお招きする出前授業を実施したり、環境学習施設「manaboni」を小中学生に見学してもらったりしています。
世界最高レベルのリサイクル事業が、ここ四日市で行われていることは非常に誇らしいです。行政・市民・企業の三者が連携することで、大きなムーブメントを起こしていければと考えています。これこそが、四日市が目指す環境先進都市への第一歩です。
成田: 企業が技術を提供し、行政がインフラを整え、市民が参加する。それぞれの役割が明確で、非常にシームレスに連携できていますよね。

公害の歴史を経験した地域だからこそ、環境への意識が高く、その経験がポジティブなエネルギーに転換されている。
この「四日市モデル」は、世界にとっても1つのロールモデルになると思います。
森長: 我々の取り組みをご紹介することによって全国に展開したい思いもありますし、この活動がリサイクルに有効な手段として社会に定着するといいなと考えています。
グローバルでサプライチェーンを「リデザイン」
平井: サステナビリティにおいて、このような技術・取り組みをグローバルにも展開していく方針なのでしょうか。
森長: DICは世界60か国以上にネットワークを持っています。欧米に拠点を置くサンケミカルのルートも通じて、世界のあらゆる地域に環境対応の製品を展開する活動を加速しています。
食品トレーに使われるポリスチレンだけではなく、パンの袋などに使われるポリプロピレンフィルムについても「フィルムから色を取り除き、再び透明フィルムへ戻す」という新たな循環技術に挑戦しています。

加えて、接着剤の領域でも変革を進めています。従来の接着剤は、接着工程で環境負荷が高い溶剤が排出されてしまうという課題がありました。そこでDICは、こうした物質を極力出さない無溶剤型のシステムを世界に展開しています。
成田: 完成品だけでなく、素材や部品を作るプロセスから環境負荷を減らすリデザインは極めて重要ですよね。
環境問題って僕らの生活に関わるものもあれば、実はBtoBの製造工程での環境負荷が大きいとも言われています。
EVにシフトしようとしても、実はその製造工程で多くのCO₂が排出されているという話もあるぐらいです。
製品のライフサイクル全体を一番熟知しているのは、当然DICさんのようなメーカーですから。
森長: 我々は、リユース、リデュース、リサイクル、リデザイン、リニューの「5R」というコンセプトで、このすべてのソリューションをつくっていこうと考えています。

DIC一社では実現できませんので、サプライチェーンに参加するすべての方々、行政も含めて手を携えて実現して、広げていけたらと考えております。
私たちはこれまで、経営ビジョンとして「Color & Comfort」を掲げ、製品をお届けすることでその価値を提供してきました。
しかしこれからは使い終わったものを元の姿に戻し、再び命を吹き込む。その「循環」のプロセスまで含めて「Comfort」だと捉え直しています。
成田: 「Comfort」の概念が、個人の快適さから、社会全体の持続可能性へと拡張されたわけですね。
DICさんは一企業の枠を超え、社会全体の「あるべき姿」を提示することができる企業だと思いますし、そうなってほしいなと思いました。
森長: リサイクルを、特別なことではなく「当たり前の世の中」にしたい。私たちの技術によって循環型社会を実現するため、これからも挑戦を続けていきます。

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