【NewsPicks連載企画】サイレント・イノベーター
#2 「ケミトロニクス」 半導体分野への挑戦

2025.2.3
サイレント・イノベーター 社会を支える陰の革新者 #2 「ケミトロニクス」 半導体分野への挑戦
サイレント・イノベーター 社会を支える陰の革新者 #2 「ケミトロニクス」 半導体分野への挑戦

今、化学メーカーが新たな局面を迎えている。
創業から100年以上にわたり、印刷インキや顔料で世界をリードしてきたDIC(ディーアイシー)は、「ケミトロニクス」という新たな部署を創設。化学(Chemistry)とエレクトロニクスを掛け合わせた、新たな領域の開拓に意欲を示す。
エレクトロニクスと化学を掛け合わせることで、どのような独自性が生まれるのだろうか。そこに、未来の市場が広がっているのだろうか。
フリーアナウンサーの平井理央と起業家の成田修造氏が、DIC株式会社ケミトロニクス事業本部長の原穂(はら・みのる)氏に話を聞いた。
本記事は、番組『サイレント・イノベーター』の採録記事として、新しい技術を私たちの暮らしになじむプロダクトに落とし込み、陰ながら社会を支えるDICを深掘りする。
第1話ではDICが私たちの暮らしをどのように支えているのか伺った。第2話では、彼らが紡ぐエレクトロニクス分野における「知られざるイノベーション」の最前線を探る。

研究開発は「先回り」せよ

平井: 印刷インキの会社として知られるDICが最近力を入れているのが、「ケミトロニクス」なんですよね。原さん、そもそも“ケミトロニクス”とは、どのような意味があるのでしょうか。

原: “ケミトロニクス”とは、化学とエレクトロニクスを融合した概念です。


原 穂 1978年、大阪府生まれ。2001年、大阪市立大学(現大阪公立大学)経済学部卒業、同年大日本インキ化学工業(現DIC)入社。 21年パフォーマンスマテリアル製品本部 VT推進グループGM、22年Pardic Jaya Chemicals(インドネシア) 社長。24年より現職。

新たな価値を創出し続けるという思いを込めて、概念をつくり、その名を冠した事業本部を立ち上げました。

既にさまざまな事業を展開していますが、代表的な取り組みのひとつに、合成樹脂の技術を生かした電子基板の素材があります。電子基板とは、電子機器に組み込まれている部品のひとつで、信号や電力を送る役割を果たしています。


成田: これが樹脂なんですね。まるでお米のようですが、これが電子基板の素材になるんですか。


成田修造 起業家・エンジェル投資家。1989年東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部に在学中からアスタミューゼ株式会社に参画。その後アート作品のメディアサイトなどを手掛ける株式会社アトコレを起業。2012年に株式会社クラウドワークスに参画し、大学4年生で執行役員となる。株式上場後は取締役副社長兼COOとして全事業を統括、2022年には取締役執行役員兼CINO(最高イノベーション責任者)として新規事業開発や投資に携わる。同年12月クラウドワークスを退社、起業など新たな道を切り開くことを決意。著書は「14歳のときに教えてほしかった起業家という冒険」(ダイヤモンド社)。

原: そうです。これはプラスチックの一種で、基板や配線、パッケージ材など、電子基板の内部を構成する多くの層に使われています。

例えば、電子機器に不可欠な半導体基板は、このような合成樹脂を加工し、ガラス繊維に浸透させ、さらに銅箔をラミネートするなどして完成します。

成田: よく見る半導体基板ですよね。樹脂などの薄い層を重ねて作られているんですね。面白い。


原: 完成品となる半導体基板が何に使われ、どのような特性が必要とされるかを理解しているからこそ、最適な素材を開発することができる。これがケミトロニクスの特徴かなと思います。

平井: 化学メーカーがケミトロニクスに取り組むことで、どのような優位性が生まれるのでしょうか。

原: 電子基板の合成樹脂に関しては、電気信号を通す際のエネルギーロスの低減を徹底的に追求しました。

基板を通り切らなかった電気は、熱に変換されてしまう。これは、デバイスの性能や寿命にも影響します。

成田: 要は我々がスマホやパソコンを充電する時、熱くなってしまう原因ですよね。

原: はい。それがこの樹脂を使うと、電気が通る効率を最大化し、デバイスの加熱を抑えることができる。

熱を抑える素材は、半導体や電子部品が高性能化・高密度化する中で、需要が高まっていると思います。


成田: こういった分野はもともと、化学メーカーと電子機器メーカーが別々に開発してきた印象です。なぜDICはこうしたエレクトロニクス分野に踏み込んでいるのでしょうか。

原: おっしゃる通りで、従来は、電子部品メーカーや電機メーカーが製品の仕様を提示し、化学メーカーである我々が材料を供給するというサプライチェーン型のビジネスでした。

しかし、デバイスがますます小型化・高性能化する中で、化学メーカーも「どういった使われ方をしているのか」「何のための性能なのか」を理解し、先回りして研究開発を行わないと、期待を上回る新しい価値を生み出せなくなってきたんです。


もちろんこれまでも電機メーカーさんと情報交換を行っていましたが、さらに深める必要がある。

そこで、エレクトロニクス分野を深く理解し、化学と融合させる“ケミトロニクス”というアプローチを掲げたんです。

我々の業界は、開発から製品を市場に出すまで数年かかるのが当たり前ですから、長期的な視点が欠かせません。

将来どんな世界になるのか。そこではどういった素材が求められるのか。常に未来を想像し、バックキャストの発想で研究開発を行っています。

DXとGXの波に乗れるか

平井: DICは印刷インキや顔料が主力事業ですが、なぜ電子デバイス素材の分野に注力しているのでしょうか。


原: エレクトロニクス関連の素材は、実は昔から手掛けていたので、新しいビジネスではありません。

ただ、日本で半導体の生産が本格化したのは1970年代から。私たちは、この若いビジネスに、まだまだ可能性があると考えているんです。

成田: それこそインキや顔料は100年以上の長い歴史がありますが、半導体はまだ50年ほどの歴史しかない。これから成長が見込まれるからこそ、攻める価値があるわけですよね。

こういうことができる会社は本当にすごい。


今まで取り組んできた業界や分野、産業領域にとどまるほうが、売り上げは安定します。普通の企業であれば、必ずしも新しい挑戦をしなくてもいいと考えがちです。

しかし、その状況でも次の成長分野を見据えて踏み出そうと。

原: 半導体の需要はこれまでずっと右肩上がりです。これからも伸びる分野であると考えています。

成田: 最近では生成AIが急激に伸びています。AIが学習するための基盤は全て半導体になるわけですから、ケミトロニクス製品の需要はどんどん伸びていきますよね。

事業本部までつくって、“ケミトロニクス”という新しい言葉を使ってリブランディングする。

110年を超える歴史ある会社がここまでやっていることがすごいですよね。

平井: ケミトロニクスの可能性がわかりましたが、なぜ、今「熱い」領域になっているのでしょうか。

成田さん、化学とエレクトロニクスが融合することで、どんな社会的インパクトがあると思いますか。

成田: 最近のビジネストレンドとして、DX(デジタルトランスフォーメーション)とGX(グリーントランスフォーメーション)が同時に進んでいると考えています。


DX、つまりAIやIoTでデータ通信が増えれば、電力消費が増えることが課題になっています。電力ロスを減らす高機能素材があれば、DXを推進できる上、エネルギーを有効活用するという意味でGXにも大きく貢献できるんです。

ケミトロニクスは、「デジタルの進歩」と「環境への配慮」を両立できるカギになるかもしれない。DXとGX両面での革新が期待できると思います。

原: おっしゃる通りで、AIの普及などで通信量が増えると、よりエネルギー消費が増えますから、素材レベルでの電力ロス低減が求められます。

電力ロスの問題においては、2つの観点があると思っています。

1つ目は、素材の力でいかに消費電力を抑えるかという観点。そして2つ目は、素材を作る際の環境への配慮です。

後者については、例えば製造工程でのCO2排出を削減するため再生可能エネルギーを活用したり、有害物質を使わず、バイオマス由来の原料を使用したりしています。


成田: 量産段階になると、工場稼働によるエネルギー消費も課題になる。その点も配慮しているんですね。

平井: DX、GXが進むほど、ケミトロニクスへの需要は確実に高まりそうですね。

成田: 高まらざるを得ないですよね。

他の化学メーカーも同様に、半導体分野にトライしているんでしょうか?

原: もちろんです。半導体業界は、新聞を含め多くのメディアで成長産業として取り上げられているので、参入したいと感じるところが多いんですよね。

競合他社も半導体関連の事業を始める中で、我々としてはオープンイノベーションを含め、社外との連携や新技術の導入で、他社より先行する立場を築きたいと考えています。

“空気”のような未来の素材

成田: オープンイノベーションを進めようと思っても、化学メーカーというのは技術要素や歴史、独自のオペレーションなど、知的財産が非常に重要な業界じゃないですか。

情報を開示しにくいところもあるんじゃないかと思ってしまいます。


原: エレクトロニクスは、比較的オープンな業界です。化学メーカーとしては、オープンにするところと情報を守るところを、メリハリをつくって進めていくというスタンスをとっています。

マテリアル・インフォマティクス(情報処理技術を用いた素材開発)の領域は日々発展しているので、社内外のAIやソフトウェアといった技術や知見を持った人材を、素材開発に積極的に活用しています。

成田: 組織としては、化学の知識を持つ人材だけでなく、エレクトロニクスや他分野を経験した人材も増えているのでしょうか?

原: そうですね。異なる専門性を持った人材が入社してくれることで、新しい視点が加わり、面白い化学反応が起きています。

社内に多様な人材がいることで、より幅広い課題に取り組むことができると考えています。


平井: 最後に伺いたいのですが、ケミトロニクスは社会の常識をどう変えていくのでしょうか。

成田: 例えば、5Gから6Gへと、通信の革新が進んでいます。テクノロジーの進化が目覚ましい時代に、今後何を見据えているのかを伺いたいです。

原: 6GやAR、AIの普及により、デジタルと現実が融合する世界が、間違いなくやって来ると考えています。

すると、通信速度やデータ容量はテクノロジーの発展に比例して増加します。その土台となる半導体基板を進化させる素材を作っていければと考えています。

例えば、先ほど紹介したような、電力ロスを減らす素材といったようなものです。

今まで通り、そして今まで以上に快適に生活するための基盤を提供する、社会が求める進化を下支えするイメージです。

私たちの素材は、直接AIを動かすわけではありませんが、そのインフラを支える「空気」のような存在です。

成田: あって当たり前、なかったら困る存在ですか。

平井: まさにサイレント・イノベーターですね。


成田: 普段生活していても、合成樹脂などの素材の技術を意識する機会はありませんが、まさに「空気」のように支えられているんだと気付かされました。

また、その「空気」も進化しているんだとわかって面白かったですし、もっと知られてほしいと思いました。

原: 新しい業界・企業との連携、新たな価値の創出をスピード感をもって実現し、社会に貢献していきたいと思います。

<サイレント・イノベーター本編動画はこちら>

関連コンテンツ

より詳しい情報を知りたい方は、各ページをご覧ください。