【NewsPicks連載企画】サイレント・イノベーター
#1 池田尚志社長インタビュー

2025.1.6
サイレント・イノベーター 社会を支える陰の革新者 #1 池田尚志社長インタビュー
サイレント・イノベーター 社会を支える陰の革新者 #1 池田尚志社長インタビュー

生成AIや次世代通信技術の発展により、私たちの生活は大きく変わろうとしている。
こうした技術革新を社会実装し、豊かな暮らしを実現していくためには、開発の担い手であるスタートアップ企業だけでは難しい。新しい技術を私たちの暮らしに馴染むプロダクトに落とし込み、陰ながら社会を支える「サイレント・イノベーター」の存在が不可欠である。
本記事で「サイレント・イノベーター」として注目するのは、創業から100年以上にわたり、印刷インキや顔料で世界をリードしてきたDIC(ディーアイシー)だ。
同社は以前から、インキや樹脂などの分野で私たちの暮らしの裏側を支えてきたが、近年はデジタル社会に欠かせない企業として存在感を増している。
目まぐるしく変化する時代だからこそ、こうした知られざるイノベーターの取り組みから、これからのビジネスの方向性を探る必要がある。DIC株式会社 代表取締役社長執行役員の池田尚志氏に、同社の変革と挑戦について、フリーアナウンサーの平井理央が聞いた。

意外と身近?DICの技術

平井: DICは、「サイレント・イノベーター」としてどのように私たちの暮らしを支えているのでしょうか。

池田: 当社は1908年に印刷インキの製造販売から始まり、その後、原料となる顔料、さらに合成樹脂へと事業を拡大してきました。現在では、印刷インキのシェアが世界トップを占めており、この3つの事業分野を中心に世界をリードする化学メーカーに成長しています。

DICの主力事業1.印刷インキ2.顔料3.合成樹脂

1965年、大阪府生まれ。90年、慶應義塾大学大学院理工学研究科修士課程修了、同年大日本インキ化学工業(現DIC)入社。 2020年執行役員コンポジットマテリアル製品本部長、21年ファンクショナルプロダクツ事業部門長、22年常務執行役員。24年より現職。

これら3つの事業が、どのように社会を支えてきたのか、順に話していきたいと思います。
まず「印刷インキ」は、雑誌や新聞などの出版物から、ペットボトルや食品パッケージまで、色で情報を伝えるあらゆる場面で使用されています。

印刷インキの主な用途

平井: 続いてDICの「顔料」についても伺いたいのですが、自動車、化粧品、文具などさまざまな製品に使用されているとお聞きしました。一方で、意外な使われ方もあるそうですね。

池田: 例えば、一部のテレビや携帯電話のディスプレイにも、当社の顔料が使われています。
画面の色彩を表現する、「RGB(レッド、グリーン、ブルー)」で構成されるカラーフィルタという部品には、私たちの有機顔料が使われているんです。

印刷インキの主な用途

身の回りで、色が付いている製品のほとんどに、当社の顔料が使われているとお考えいただいて結構です。

平井: 知らず知らずのうちに、DICの技術にお世話になっているんですね。
最後の「合成樹脂」ですが、なぜインキや顔料の会社が樹脂を製造するようになったんでしょうか。

池田: 合成樹脂は、印刷インキの材料のひとつです。

顔料や樹脂はインキを作るための材料

合成樹脂と一口に言ってもさまざまな種類があり、最も一般的なのはプラスチックです。合成樹脂を製造する技術は、さまざまな用途に使われる可能性を秘めています。
例えば、あらゆる電子機器に使用されている半導体やコンデンサー。これらの原材料として使われるので、合成樹脂は現在最も力を入れている分野です。

顔料や樹脂はインキを作るための材料

平井: 事業の幅がますます広がっているんですね。そもそも、元々化学メーカーであるDICが、どうしてデジタル社会の基盤となる事業にまで力を注ぎ始めたんでしょうか。

池田: 当社は創業以来、「進取の精神」というパイオニア精神を持ち続けてきました。
そして新しい分野に挑戦する際は、私たちの強みである「Small & Special」、つまり「身近で小さいけれど特別な価値を持つ製品づくり」をするという軸をぶらさないことを心がけています。
半導体やコンデンサーといった、デジタル機器の内部で大切な役割を果たす部材は、まさに私たちが得意とする領域です。
つくるべき製品の特性や求められる技術のほとんどが、私たちが持っている既存の技術や製品を応用することで実現できたのです。

「世界」を取りに行くM&A戦略

平井: DICは、日本のみならず世界の印刷インキや顔料業界をけん引しているんですよね。現在の事業規模はどのくらいになるのですか。

池田: 世界60カ国以上で約180のグループ会社を展開し、売上高は1兆円を超えています。
そのうち約70%を海外での売り上げが占めており、グループ全体の従業員数は2万人に達しています。

日本をリードするDICのグローバル戦略とは?

当社は創業間もない頃から中国に販売拠点を設けるなど、早くから海外展開に注力してきました。
特に、1980年代に米国の大手印刷インキ企業をM&Aで買収し、印刷インキ事業で世界トップシェアになったことが、グローバル展開の大きな転機となりました。

平井: なぜDICはM&Aによる協業を選択されたのでしょうか。

池田: 印刷インキ事業は、地域で発行されるチラシや新聞など、その土地の文化や習慣と密接に結びついています。
そのため、私たちが知らない土地で一から事業基盤を構築するよりも、現地で実績のある企業と協業したほうが効率的だったんです。
国や文化の違い、地域特有の品質要求など、さまざまな課題に対応できるのは、やはり現地の企業ですから。
買収先の企業を選定する際には、当社の企業文化と相性がよく、お互いの強みを生かすことができるかどうかを慎重に見極めています。
印刷インキと顔料については、すでにさまざまな企業を巻き込みながら世界中で事業展開を進めています。
今後は半導体やモビリティ分野で使用される合成樹脂事業においても、M&Aを活用したグローバル展開を積極的に進めていく計画です。

日本をリードするDICのグローバル戦略とは?

素材メーカーの「枠を超える」挑戦

平井: 印刷インキや顔料といった分野を中心にグローバル規模で成長してきたDICですが、未来に向けてどのようなビジョンを掲げているのでしょうか。

池田: 印刷インキや顔料、合成樹脂などの事業に取り組むなかで、ある時期に、私たちが提供する「本質的な価値」を磨いたことがありました。
まずは既存の事業をベースに、印刷インキや顔料は「世の中に『彩り(Color)』を提供する」という価値があり、合成樹脂は「社会の『利便性(Comfort)』を高める」価値を提供していると考えました。そこで、私たちはDICを「Color & Comfort」を提供する企業と定義したのです。
例えば印刷インキや顔料は、パッケージや出版物に彩りを与え、情報を分かりやすく伝える。また合成樹脂は、先ほどお伝えしたほかにも、食品の鮮度を保ったり、電子機器の性能を支えたりと、私たちの暮らしを便利で快適にしています。

環境に優しい今後の社会の発展に寄与していくComfortの考え方自体を発展させていきたい

さらに最近では、「Color & Comfort」を既存事業で提供する価値というだけでなく、未来に向けた挑戦を促す概念として捉え直しています。
「Color」は単なる色彩製品の提供だけでなく、生活に彩りを加え「豊かな暮らし」を実現する価値を。同様に「Comfort」も、日常の利便性向上にとどまらず、「環境への配慮」や「社会発展への貢献」など、快適に暮らせる社会の実現までを見据えた概念として捉えています。
これらの概念を図で表すと、不便や不快を解消する「Comfort」な価値を提供しながら、そこにあったら嬉しい「Color」な価値を加えることで、より豊かで充実した生活を実現できる、という考え方です。

環境に優しい今後の社会の発展に寄与していくComfortの考え方自体を発展させていきたい

平井: 今後、このビジョンをもとに、どのように事業展開されていくのでしょうか。

池田: 「Comfort」で求められる価値はすでに見えていたとしても、「Color」の分野でどのような価値が求められるのかは、まだ誰も見いだしていないものだと考えています。
従来の「素材メーカー」の枠を超えようとしたとき、どんな未来の社会像を予測し、その実現に必要な製品や解決策をどのように提供していくことができるのか。
新しい価値そのものを見いだし、社会に直接届けていくような、素材メーカーの枠を超えた可能性を切り開いていきたいと考えています。

<サイレント・イノベーター本編動画はこちら>

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