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2026.10.29

日本とカナダがつなぐ半導体材料の未来。国境を越えたチームの挑戦

カナダ・ケベック州、モントリオール近郊にあるInnovation DIC Chemitronics Inc.(IDC)の工場は、社会の進化を支える半導体材料の生産を続けています。その現場で、DICグループは24時間稼働を止めることなく、生産能力を大幅に拡張するプロジェクトに挑みました。支えたのは、日本とカナダのチームによる国境を越えた連携です。

AI、IoT、自動車の電動化が進む中、半導体材料に求められる品質と供給力はますます高まっています。その見えにくい価値を支えているのは、素材だけではありません。現場で課題に向き合う人の力、そして拠点を越えてつながるDICグループの力です。

本記事では、IDCのNOBELプロジェクトを通じて、「One DIC」がどのように現場で形になっていったのかを探ります。

24時間稼働する工場で始まった、最大の挑戦

2023年6月、DICはカナダのPCAS Canada Inc.を買収。同社はDICの100%子会社としてInnovation DIC Chemitronics Inc.(以下、IDC)に社名を変更し、再スタートしました。

IDCは、高純度の合成樹脂、とりわけフォトレジスト用ポリマーの分野で、長年にわたり北米・欧州市場を支えてきた会社です。そして3か月後の2023年9月、IDCは生産能力を大幅に拡張する「NOBELプロジェクト」を始動しました。新プラントの増設に加え、倉庫やオフィスの拡張も含む過去最大の設備投資です。

プロジェクトを進めるにあたり、最大の制約は「操業を止めない」ことでした。現場には500人以上の作業員と多数のサプライヤーが入り、日々の工程調整が欠かせない状況でした。計画は非常にタイトで、予算管理も厳しく求められる中での進行でした。24時間365日稼働する工場を維持しながら増設工事を進めることは、現場にとって非常に大きな挑戦でした。


▲2023年9月5日に行われたIDCの生産能力拡張計画『NOBELプロジェクト』起工式

日本とカナダ、二つの現場が一つのチームになるまで

この困難なプロジェクトを支えたのが、日本とカナダ、二つの現場の連携でした。

設備計画や品質管理、工程設計に至るまで、日本側のDICプロジェクト支援チームは現場に深く入り込み、IDCのメンバーと日常的に議論を重ねていきました。

IDC社長兼工場長のFrancis Belangerは、当時をこう振り返ります。

「このプロジェクトはIDC史上最大の挑戦でしたが、日本のDICのプロジェクト支援チームからの強力なサポートがあったからこそ乗り越えることができました。」


▲Francis Belanger(フランシス・ベランジェ)
Innovation DIC Chemitronics Inc.
社長兼工場長
2007年PCAS Canadaの前身であるSt-Jean Photochemicalsに入社。エレクトロニクス部門グローバルマーケットマネジャーなどを経て、2022年に社長兼工場長に就任。2023年6月より現職。

プロジェクトの中でFrancisが特に重視したのが、「全員がプロジェクトのオーナーである」という考え方です。各メンバーがサプライヤー管理、予算、スケジュールに責任を持ち、自ら判断して動く体制を徹底しました。

日本側のチームは、プロジェクト運営のノウハウやテンプレート、トレーニングを共有し、IDCのメンバーが自ら判断し、動ける体制づくりを支えました。

国境をまたいだ連携はそれだけにとどまりません。日本・アジア市場に強みを持つDICと、北米・欧州に根差したIDCが顧客や技術の動向を共有することで、対応力そのものが大きく変わっていきました。

「DICとの協力で、顧客への対応の幅が広がりました。DICがプレゼンスを有する日本・アジア市場と、IDCが強みとする北米・欧州市場の顧客対応における連携が双方にシナジーを生み、大きな効果をもたらしています。AIや5G、自動車産業の成長に応えるため、私たちは次世代半導体向けの材料の開発を加速しています。」

現場同士が直接つながり、課題を共有しながら動く体制が整ったことで、判断と実行のスピードは確実に高まっていきました。

プロジェクトが現場にもたらした「空気の変化」

約2年に及ぶNOBELプロジェクトの成果として、2025年9月、IDCの新プラントは完成しました。

最新鋭の生産設備が稼働し、高純度材料を24時間体制で安定的に供給できる体制が整いました。

Francisが語るのは、設備や数字だけでは捉えきれない、人と組織の変化です。

「プロジェクトの成功により、高品質の製品をより安定的に顧客に供給できる体制が整いました。新たなステージへと突入した私たちの社員のモチベーションは非常に高く、DICとの協働を誇りに思っています。文化の違いを超えたチームワークが、私たちの強みです。」

プロジェクト期間中も工場は24時間稼働を続けていました。日々の生産と大型投資を同時に進める、現場にとっては負荷の高い環境でした。そうした経験を乗り越えたことが、IDCの職場に確かな自信と一体感を生み出しました。


▲IDCが有する最先端の研究開発と生産施設、および品質管理のスペシャリストたち

文化をつなぐ仕組みが、連携を支えた

こうした連携を支えたのは、設備や仕組みだけではありません。IDCでは、社員が同じ方向を向いて挑戦できる組織文化づくりにも力を入れてきました。

戦略開発、コンプライアンス、コミュニケーションを担当するシニアマネジャーのIsabelle Lestageは、DICグループの経営の基本的な考え方である「The DIC Way」に基づく5つの行動指針を「コアバリューカード」としてカフェテリアに掲示し、社員が日常的に共有できる環境を整えています。


▲The DIC Wayの5つの行動指針を取り入れたIDCの『コアバリューカード』プログラム

また、社員が自由に意見を出し合う「カイゼンブレイク」を定期的に実施。現場から生まれたアイデアをもとに改善点を特定し、スピーディーに実行へとつなげています。


▲Isabelle Lestage(イザベラ・ラステージ)
Innovation DIC Chemitronics Inc.
戦略開発、コンプライアンス、コミュニケーション担当シニアマネジャー
人事管理とコーポレートコミュニケーションの分野で20年以上経験を持つ。2022年1月にPCAS Canadaに入社し、2024年10月より現職。

IDCでは月刊のニュースレターや研修プログラム、社内表彰制度も導入され、社員一人ひとりの貢献を可視化する取り組みが進んでいます。また、カナダでは祝い事を大切にする文化が根付いており、IDCでも社員同士の結びつきを強めるコミュニケーション活動が盛んに行われています。

Isabelleはこう語ります。

「私たちは、社員一人ひとりが会社の成功に貢献していると実感できる環境を大切にしています。」

こうした日々の対話と改善活動の積み重ねが組織の一体感を育むとともに、立場や部門を越えて意見を出し合う習慣が、NOBELプロジェクトでも現場の課題を早く共有し、解決していく土台となりました。


▲IDCは社内コミュニケーションやチームビルディング活動に積極的に取り組んでいる

日本とカナダが生み出す新たな価値

日本側のプロジェクトメンバーとして支援に携わった、ケミトロニクス事業本部 ケミトロニクスマーケティング部長の佐藤泰は、現場で感じた手応えをこう語ります。

「今回のプロジェクトを通じてあらためて感じたのは、IDCの持つ高い技術力と現場力です。設備増設という大きな目標に向けて、カナダのメンバーが主体的に挑戦し続けたことが成功につながりました。」


▲佐藤 泰(さとう ゆたか)
DIC株式会社
ケミトロニクス事業本部 ケミトロニクスマーケティング部長
2004年大日本インキ化学工業(現DIC)入社。2016年ポリマ第一技術本部主任研究員、2017年経営企画部マネジャーを経て、2024年より現職。

半導体市場では、より高性能で高品質な材料が求められています。その中で、IDCが持つ高純度材料の生産技術は、DICグループ全体にとっても重要な強みです。

佐藤は、日本とカナダの連携が生み出す価値について、プロジェクトメンバーとしての実感を込めて語ります。

「DICには半導体分野において長年の技術の蓄積や品質保証、顧客対応などの知見があります。一方でIDCには、長年培ってきた生産技術と量産ノウハウ、現場力があります。お互いの強みを持ち寄ることで、一社だけでは生み出せない価値を提供できると考えています。」

日本とカナダのメンバーが、それぞれの知見と現場力を持ち寄り、一つの目標に向き合ったNOBELプロジェクト。その経験は、両拠点の連携を深め、次の挑戦へとつながる土台になっています。

顧客とともに価値をつくる、ケミトロニクスへ

こうした現場と事業の変化を、DICグループ全体の視点から見つめているのが、執行役員 ケミトロニクス事業本部長の原穂です。

「DICは半導体をはじめとするエレクトロニクス業界に材料を供給するメーカーとしてだけでなく、顧客とともに価値を創出する企業へと進化しています。カナダ・IDCとの連携はまさにその象徴です。」


▲原 穂(はら みのる)
DIC株式会社
執行役員
ケミトロニクス事業本部長
2001年大日本インキ化学工業(現DIC)入社。2021年パフォーマンスマテリアル製品本部 VT推進グループGM、2022年Pardic Jaya Chemicals(インドネシア)社長。2024年ケミトロニクス事業本部長。2026年より執行役員。

原は、さらにこう続けます。

「半導体材料の分野でも、求められているのは単なる品質やコスト競争ではなく、顧客とどこまで深く課題を共有できるかという『関係性の質』です。私たちは、常に顧客とともに課題を解決するパートナーでありたい。そのために、現場の声を聞き、スピード感を持って対応する体制を整えています。」

原にとって「ケミトロニクス」とは、化学とエレクトロニクスを融合する技術の概念にとどまりません。国境を越えて現場同士がつながり、顧客の課題にともに向き合い、解決する。それは、DICグループがケミトロニクス領域でさらなる価値を生み出していくための、事業の進め方そのものでもあります。

▲AIの進化を支えるDICのケミトロニクス

未来を支えるのは、人と現場の力

完成したIDCの新プラントは、24時間体制で稼働を続けています。

しかし、NOBELプロジェクトが残したものは、新たな設備や生産能力だけではありません。

国や文化の違いを超え、同じ目標に向かって挑戦した経験。そして、その過程で築かれた信頼関係こそが、このプロジェクトの大きな成果でした。


▲完成したIDCの新プラント

Francisは最後にこう語ります。

「私たちIDCはDICグループの一員として、顧客とともに未来を創るパートナーです。グローバル市場での挑戦を楽しみながら、社員一人ひとりが誇りを持って働ける環境を築いていきます。」

日本とカナダ、文化も働き方も異なる現場が、同じ目標に向かって挑戦を続ける。その積み重ねが、IDCという現場の強さになり、DICグループ全体の力になっています。

24時間止まることのない工場の稼働音は、半導体材料という「見えない価値」を社会に送り出し続けています。


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