藻類研究のパイオニアである化学メーカーのDIC株式会社(以下DIC)では、2023年2月にスキンケアブランド「fillwith(フィルウィズ)」を立ち上げ、スキンケア分野への新規参入を果たしました。同ブランドに携わる飯山 美香と若林 孝子が、その挑戦の過程と事業に賭ける想いを語ります。
「ゆれ動く、 肌と気持ちに寄り添う」をコンセプトに、幅広い層にアプローチ
DICの新事業統括本部 ヘルスケアビジネスユニットが立ち上げた「ゆれ動く、 肌と気持ちに寄り添う」をブランドコンセプトとする “感性スキンケア”ブランド「fillwith」。飯山は、同ユニットのマネージャーとして商品開発を牽引してきました。
飯山: fillwithは、健全な肌サイクルを構築するための基盤となる保湿を徹底して追求しました。肌を守る機能を加えて「いつものお手入れにプラスワン」のスキンケアを提案しています。 2023年12月現在は、4アイテムを展開しています。
保湿を追求するキー成分となるのが「スイゼンジノリ多糖体」です。
飯山: スイゼンジノリは、以前は九州阿蘇山系の清浄な伏流水が流れ込む川でのみ生息していた非常に珍しい藍藻類です。しかし、近年の環境の変化で今ではほぼ黄金川にしか生息しておらず、ますます希少性が上がっています。
このスイゼンジノリの研究が進められているのですが、抽出された超高分子量多糖類はヒアルロン酸の約10倍以上の保水力を持つ高い保湿性があることに加え、バリア性や抗炎症効果にも優れ、画期的な化粧品材料として注目されています。
また、ジェンダーレスに幅広い層をターゲットとし、パッケージの色にもこだわりを持っているのもfillwithの特徴です。
飯山: 性別や年齢に関係なく、スキンケア化粧品を愛用する方も増えてきました。幅広い方々に愛用していただけたらと考えています。
また、長年にわたり“色”に携わってきたDICだからこそ、パッケージの色にはこだわりを持ち、一日の時の流れを空の色で表現した「Item Color」として込めました。
fillwithの立ち上げを担った飯山。商品開発後、販売フェーズへと進むにつれてメンバーも増え、チームをまとめながら各人が力を発揮できるような場を創りだしています。2023年6月にヘルスケアビジネスユニットに加わった若林もそのひとりです。
若林: 私は、主にfillwithの拡販をミッションとしてチームに加わりました。新たな拡販施策を企画実行して、その施策の結果を振り返って次の施策につなげながら売上を拡大していく役割を担っています。
これまでにも、ブランディングやPR領域の仕事の経験はありますが、メーカーから直接消費者に販売するD2Cモデルに携わるのはこれが初めて。社内にも、まだそれほど知見が蓄積されていない分野なので、挑戦を繰り返している段階です。
日本固有種のスイゼンジノリで、新たな市場・分野に参入
fillwithに配合されるスイゼンジノリ多糖体(商標名:サクラン®(※))、スイゼンジノリは環境省が絶滅危惧種に指定する非常に希少な生物。天然養殖がおこなわれていますが、環境変化に極めて敏感であるため年々収穫量が減ってきています。
※ グリーンサイエンス・マテリアル株式会社(GSM社)の登録商標そんな中、DICは2019年より独自の技術をベースに研究に着手、2022年8月に藍藻類スイゼンジノリの屋内人工培養に世界で初めて成功しました。
40年以上前から食用藍藻類スピルリナ事業に取り組み、藻類培養技術を培ってきたDIC。これを基盤として、スキンケアブランドを立ち上げるに至った背景について、飯山はこう説明します。
飯山: 蓄積してきた技術でスイゼンジノリを安定に人工培養できれば、希少な化粧品原料をグローバルにも展開することが可能になります。化粧品という新分野の事業へ参入するにあたり、スイゼンジノリを活用したDICの新しい魅力を発信するスキンケア化粧品ブランドは、社内外に向けてのトリガーになると考えました。
また、化粧品を選ぶ際には、成分や価格だけでなくブランドへの信頼が大きな因子となります。技術への信頼に加え、「この地に暮らす私たちに恵みをもたらしてきた日本固有の藻類を守る」といったDICが描くストーリーに、消費者が共感していただければ嬉しいです。
新たな市場への参入には大きな障壁をともなうものですが、このような挑戦する風土にこそDICの魅力があると飯山は言います。fillwithの立ち上げに携わることになったのも、自ら手を挙げたことがきっかけでした。
飯山: 藻類培養成果物としてスキンケア分野を事業化するという構想があることを知り、立候補し異動することができました。直後のコロナ禍にはイノベーション創出に取組むための研修を受講、その経験は障壁があっても問題を抱え続けられる力になっていると思います。
それまで10年間以上にわたってDICグループ全体のグローバルな化学物質情報管理を担当してきた飯山。その経験がいまも生きていると言います。
飯山: 化学物質の法規制に加えて化粧品関連法規の存在する国が多いですが、どちらもEUがグローバルスタンダードとみなされています。マーケティング初期段階で、どこで何を製造し販売できるのかは市場性の前に法規制によりチェックができると考えました。
これまでのキャリアで培った視点や知識が大いに役立っていると感じます。
まずはユーザーの反応を知るために──社内オンラインサロンやテスター交流会を実施
一方の若林は、コーポレートコミュニケーション部でメディアリレーションやIR、業績管理部で管理会計、そして新事業統括事業企画部で新規事業の事業性評価など、これまでさまざまな業務を経験。飯山と同様、挑戦に寛容なDICの風土を実感してきました。
若林: なぜ自分がそれをやりたいのか、自分がやることでどんなメリットがあるのかを説明し、説得できれば挑戦させてもらえる風土が当社にはあると思います。
実際これまでを振り返ると、自ら手を挙げて新たな機会を獲得し、キャリアを構築してきたように思います。目的意識や意欲があれば、ビジョンに合ったキャリアを築くことができる環境だと感じています。
もともと化粧品が大好きだったことから、今回も自ら立候補してfillwithのチームに入ることになった若林。持ち前の行動力を武器に、さまざまな施策にチャレンジしてきました。
若林: 私が異動した当時、fillwithは想像していたほどの反響が得られていない状況でした。一般的に、化粧品の売り上げは9割が店舗販売経由と言われています。「試してから買いたい」と考えているお客さまが大半。新規でスキンケア商品のD2Cビジネスをやる上で高いハードルとなることを再確認しました。
そこで、私が最初に取り組んだのが社内のコミュニティづくりです。fillwith購入者のご意見やフィードバックを得て製品や成分の改善のスピードを速めるために、まずは社員の率直な意見に期待して商品を試してもらうことにしました。
若林が社内に立ち上げた「スキンケアオンラインサロン」では、試供品の提供や事業の進捗の共有を行い、積極的に情報発信や意見交換の場を提供。その結果、fillwithを応援するファンの数を増やすことに成功しています。
また、自ら商品の魅力を直接伝えていこうと、社内で「テスター交流会」なるイベントも企画し、全国で開催しています。
若林: テスター交流会では、「この商品の使い方がわからない」「このくらいの価格でないと購入できない」「この商品はここがいいよね」といった声が挙がるなど、多くの気づきや学びがありました。社内を通して得たこれらの貴重なフィードバックは、現在開発中の次期商品の企画やPR戦略に役立てています。
オンラインサロンやテスター交流会をきっかけに、売上が伸びたことを受け、実際に商品を手に取って体感してもらうことの大切さをあらためて実感したと言う若林。
この経験を踏まえ、東京・渋谷にある体験型ストア「b8taTokyo – Shibuya」に、1カ月間の期間限定で出品。一般のお客さまの声も集め検証を重ねるほか、他部署の協力でこんな取り組みも行った。
若林: テスター交流会が社内で認知されてきたことがきっかけで、他部署の社員から名古屋三越さんの紹介を受け、初めて百貨店での出品も実現しました。期間中は一般のお客さまにfillwithを試用していただき、多くの意見をうかがうことができました。
会社の規模が大きく、多様な事業を展開しているため、社員がそれぞれ専門性やネットワークを持っているのがDICの強みのひとつ。同時に、DICの行動指針にもある、部署を超えて協働する文化が浸透していることをあらためて実感しました。
グローバル進出や事業領域の拡大も視野に入れ、化学を超えたイノベーションを
fillwithをDICだからこそのブランドへと進化させていきたいと話す飯山。
飯山: fillwithには化粧品原料としてのスイゼンジノリの啓蒙という役割があると考えています。当面は、スイゼンジノリのポテンシャルを追求し商品開発を進め、今後他の藻類やバイオテクノロジーによって作られる新成分を開発したものをfillwithにも配合、お客様と当社の化粧品事業顧客など素材メーカーの両者に向けて「美容と環境の調和」のブランドストーリーを展開していけたらと思っています。
そもそも飯山がDICに入社したのは、バイオ技術を活用した事業展開への期待があったからでした。現在の社内研究者層の厚さに、頼もしさと期待を感じています。自身はfillwithを足がかりに、今後も幅広いサービスを展開していくつもりです。
飯山: スキンケア領域は、肌のことだけでなく生活習慣や環境も影響することから、パーソナルケアの一部であると考えます。
美しさの価値は人それぞれだと思いますが、健康は生物にとっての普遍的な価値。そう捉えると、総合的なパーソナルケアとしてのサービスの展開が考えられ、その構想は膨らむばかりです。
「大好きな化粧品に携わっている今が、とても楽しくてわくわくする」と話す若林。スキンケア事業を進めていく上で狙いを定めるのは、「グローバル」と「専門性」です。
若林: DICでは、fillwithだけでなく、BtoBでグローバルに化粧品原料を売っていくビジネスも展開しています。スイゼンジノリだけでなく、今後出てくる新しい素材の認知度を上げたり、消費者ニーズを吸い上げるという、fillwithが持つ「アンテナ機能」をグローバルに実現していきたいです。
また、専門知識に基づいた正確かつ説得力のある情報発信ができるようになりたいとの想いから、異動後すぐに、日本化粧品検定1級とコスメコンシェルジュ認定を取得しました。これまでになかった新しい事業をさらに成長させるために、将来的には美容や化粧品分野の人材の育成にも携わることができたらいいなと考えています。
DIC企業ブランド広告では、藻類事業にフォーカスした「未来のなかま 藻類」篇を展開しています。
化粧品材料だけでなく、食糧問題や環境問題の解決のカギになりうる存在であること。そんな「藻」に秘められた「ただものじゃない」魅力と可能性で、既存の化学の領域にとどまらない新たな価値を提供することをめざして、飯山と若林はこれからも挑み続けます。
※ 取材内容は2023年12月時点のものです
プロフィール
飯山 美香
新事業統括本部
ヘルスケアビジネスユニット
マネジャー
入社後、医薬・農薬の研究開発部門を経た後、DICグループの化学物質情報管理を10年以上担当。2020年新事業統括本部ヘルスケアビジネスユニットに移り、「ヒトのQOL向上に資する価値(安全・安心・彩り・快適)」を提供する新たな事業として藻類由来成分を利用した新スキンケアブランドを立ち上げる
プロフィール
若林 孝子
新事業統括本部
ヘルスケアビジネスユニット
DICで新規事業としてスタートした、スキンケア事業のマーケティングを担当。
同社で10年以上広報・PRを担当した後、管理会計、新規事業の事業企画を経て現在に至る。