共に歩む、サステナブル社会への道
~DICのCVCで目指す社会課題解決型事業に必要なエコシステムとは~ <後編>

2023.07.28 事業を通じた社会貢献
Emerald Technology Ventures Managing Partner兼CEO Gina Domanig
Emerald Technology Ventures Managing Partner兼CEO Gina Domanig

Emerald Technology Ventures Managing Partner兼CEO Gina Domanig

2000年に設立されたEmerald Technology Ventures(エメラルド社)は、エネルギー、水処理などの環境科学、先端材料、情報技術分野の世界的なベンチャーキャピタル(投資会社=VC)で、欧米最大級のクリーンテックに関するスタートアップ・ポートフォリオ(投資の組み合わせ)の1つを管理しています。

スイスのチューリッヒ、カナダのトロント、シンガポールにある事務所で10億米ドル以上の資産を運用してきたエメラルド社は、年間約1500社以上のスタートアップに関する情報をDICと共有しています。また、DICはこの情報を社内で共有することで、協業についての議論を行っています。

2000年、マネージング・パートナー兼CEOのジーナ・ドマニグさんは、欧州で最初の独立したクリーンテック・ベンチャーキャピタル・ファンドとして、エメラルド・テクノロジー・ベンチャーズを設立。ジーナさんは、アリゾナ州のサンダーバードとバルセロナ州のESADEからMBAの学位を得ており、英語、ドイツ語、スペイン語が堪能で、銀行業務、M&A、戦略開発、ベンチャーキャピタル(VC)など30年以上の国際ビジネス経験を有しています。 エメラルド社を立ち上げる前は、スイスの多国籍企業Sulzerで戦略計画とM&Aを担当する上級副社長を務めていました。また、エメラルド社での職務に加え、GeoDigital International Inc.およびUrgently Inc.の取締役会、デンマーク・イノベーション・ファンドのアドバイザリー・ボード、PRIMEインパクト・ファンドのアドバイザリー・コミッティなども務めています。
2017年1月、DICコーポレート・ベンチャーキャピタル(CVC)は、エメラルド社のエメラルド・インダストリアル・イノベーション・ファンド(EIIF)に出資を行い協業を開始しました。
前編に引き続きコーポレートコミュニケーション部のコミュニケーションスペシャリスト、クレイグ・ダンドリッジさんが、ジーナさんへインタビューを行いました。

クレイグ: こんにちは、東京へようこそ! 今回は何を目的に来日されたのですか?

ジーナ: 22年前にエメラルド社を創業したとき、北米でスタートアップ投資を開始するのは簡単でしたが、ヨーロッパではとても難しいことでした。それは、ベンチャーキャピタルがお互いを知らなかったことが原因でした。そこで、私たちは22年前に、ヨーロッパのイノベーションとベンチャーキャピタルのイノベーションに関心を持つ企業やエコシステムに関わるすべての人々を集めるイベントをチューリッヒで始めました。

近年、日本でもイノベーションへの関心が高まっています。今回、日本企業がこのイベントに参加しやすいように、東京でもミニ・イベントを開催することを考えました。チューリッヒでのイベントは、平均で140人程度の参加者があります。当初、東京で30~40人を見込んでいましたが、すでに約80人の方が登録されています。

主なテーマは、企業がどのようにスタートアップと協業しているかを紹介することが中心です。そして、私たちが行うクリーンテックのサステナビリティ活動についてお話します。多くの企業がオープンイノベーションやCVCの成功への道筋を学ぶことに関心を持っていることが分かります。このため、今回私は東京に来ました。それとあわせて日本企業数社を訪問して、私たちのファンドへの投資をお願いしました。

クレイグ: エメラルド社として、新しいミニ・イベントの東京開催を予定しているのですね。初めてのイベントですか?

ジーナ: はい。このイベントの開催が、とても待ち遠しいです。当初は、企業とのミーティングの合間に行う小さなイベントとして計画しましたが、結果的に大勢の人が集まる一日のイベントとなりました。私たちは、すでに私たちのファンドに投資していただいている日本企業9社と、そしておそらく興味を持って頂いている企業の方々のために、このイベントを開催したいと考えています。先週、米国のパーム・スプリングスで、ある日系企業の方から、「東京では来週、イベントがあると聞きました。」と声を掛けて頂きました。このイベントは、私たちに興味をもって頂いている投資家の皆様とお話しする絶好の機会であり、また投資家も同様に捉えていると考えています。

クレイグ: エメラルド社のウェブサイトをみると、ターゲット分野は、水、エネルギー、素材、農業、パッケージとなっていましたが、現時点で最優先事項はありますか?

ジーナ: 私たちは、いままでクリーンテックセクター全体に投資し、上記の重点分野へ投資を集中してきました。現在、エネルギーとサステナブル・パッケージングに高い関心を寄せています。

近年、サステナブル・パッケージング・ソリューション分野の潜在ニーズは、非常に高くなっています。さらに、これらの分野ではオートメーション化やデジタル化も進み、業務効率とともに、最終的なCO₂排出量削減に貢献しています。この動きに対応するため、私たちは1年余り前にサステナブル・パッケージング・イノベーション・ファンド(SPIF)を開設しました。まだ資金調達の段階にありますが、パッケージのバリューチェーン全体で、素晴らしい多くの出資者を得ています。この取り組みで重要なことは、成功のためにはバリューチェーン全体のプレイヤーが参加してイノベーションを起こすことだと考えています。つまり、素材メーカなどバリューチェーンの上流から、パッケージコンバーターや、FMCG(商品が速い消費財)に関わる下流の人たちまで、バリューチェーン全体で廃棄物削減に取り組むことです。すなわち、これらの参加者全員が、パッケージ廃棄物の埋め立てや廃棄の問題を解決したいと同じ目標を共有しています。私は、困難な状況下、このような挑戦ができることをとても刺激的に感じています。

私たちがサステナブル・パッケージング・イノベーション・ファンドを立ち上げたとき、私は、LinkedInに「簡単なことなんて無い!」と投稿しました。私たちは、22年前にクリーンテックへの投資ファンドを立ち上げました。そこから、独自のサステナブル・パッケージングに関するファンドを立ち上げることに至ったことは、とてもエキサイティングなことです。

クレイグ: サステナブル・パッケージングのファンドを活かすためには、多くの参加者が必要ですね。

ジーナ: その通り、数社がファンドに投資するだけではだめです。バリューチェーン上の多くのプレイヤーの参加なしには、サステナブル・パッケージングの技術を商業化することはできないため、主体的に動くプレイヤーとの協業は必至です。

ファンドを始めることは難しく思えるかもしれません。例えば優れたスタートアップを見つけることはそのひとつかもしれませんが、実際は、出資者、スタートアップ、そしてバリューチェーン上のプレイヤーが、課題に対するソリューションを開発し、最終的には実際に商業化するための協業をします。それは確かに難しいチャレンジだと思いますが、私は、この取り組みにとてもわくわくしています。

クレイグ: DICは早期にこのファンドに投資した数少ない素材企業のひとつであると理解しています。どれほど稀少でしたか?

ジーナ: 確かにDICが2017年に私たちに投資を行ったときは、それほど一般的ではなかったです。しかし、現在は、素材企業の事業成長が鈍化している部分があるため、このようなオープンイノベーションへの投資を増やす流れが大きくなっています。企業は、地理的なものであれ、業界であれ、他社がこのような投資行動をとるようになると自社の製品開発のアプローチを考えざるを得なくなります。このためオープンイノベーションを取り入れた新しい開発体制が注目され、この様な投資の普及が進んでいます。DICは明らかにこのような動きの先駆者の1つでした。

クレイグ: 22年前にエメラルド社を創業されましたが、初めて環境を意識したのはいつでしたか?

ジーナ: 環境を意識したのは、創業以前でした。私は、サステナビリティに関するテーマを中心にした事業の取り組みが多かったスイスの大企業で働いていました。そこでこの課題に触れていました。M&Aの戦略責任者を務めていたので、その会社から、ダウジョーンズ・サステナビリティ・インデックスを立案したサステナブル・アセット・マネジメント社に入社しました。私の仕事は、ベンチャーキャピタル・ファンドに焦点を当てたサステナブル活動を始めることでした。私はサステナビリティの可能性を信じていたので、その事業に軸足を移しました。しかし当初は、サステナビリティに専心することは難しかったです。なぜなら、当時から多くの人々のサステナビリティ対する関心は高かったものの、将来、それを避けられなくなるとは確信していなかったからです。産業界の多くの企業は、消費者動向や規制が現実となって初めて、大きな課題として捉えはじめました。

クレイグ: エメラルド社は、現在もどんどん大きくなっています。今後10年間のクリーンテック投資の潜在的な可能性をどのように考えていますか?

ジーナ: 我々はとてもドラマチックです。例えば工場のエネルギー効率化技術を考えれば、ここでは5%、そこでは3%と効率化を積み重ねることで、最終的には大きな効果を実現できます。同様に、業界を完全に代替するような巨大な改善を探すだけではだめで、より小さな効率を積み重ねる努力がとても大事です。水に関する業界も、排水について考えてみれば、最終的にサステナビリティにつながるのは、たくさんの小さなイノベーションや努力の積み重ねです。この積み重ねが、劇的な変化を生むと考えています。技術の大きな変化はすでに見えてきました。今の私たちがここにいることを、誰が予想できたでしょうか。今後は、他の大型輸送機器等の電化に期待しています。私たちはまだ関われてないですが、海上輸送や、航空機の対応について考えてみたいと思います。

クレイグ: The 2022 UN Environment Programme (UNEP) の報告書によると、気候変動に対応して天然資源を保護するためには、生態系への投資が2025年までに年間3840億ドルに達しなければならず、現在の2倍以上の水準に達しなければならないとのことです。それに対して、どの様な可能性を見出していますか?

ジーナ: ベンチャーキャピタル(VC)業界は、多くの取り組みの一つにしかすぎません。クリーンテックに関わる投資ファンドに3850億ドルを集めるということは、インフラ投資全体の年間総額の2日間分の投資にしかならないことを意味します。ですから、この投資がVCにだけ振り向けられるものではないと考えます。その投資の多くは、サステナブルなインフラの拡充に向けられるはずです。我々の活動は、そのチューンのほんの始まりにすぎません。

まずはじめに、技術を開発し、その技術をスケールアップし、それからさらに大きな資金を調達する必要があります。例えば、ベンチャーキャピタルが太陽光発電技術に投資した金額は、その産業が、毎年、太陽光発電所に投資する金額とは比較にならない程小さいものです。毎年、太陽光発電所や風力発電所への融資にどれだけの資金が使われているかを考えてみてください。他の多くの産業についても同じだと思います。

クレイグ: エコシステムの確立の中でのあなたの役割は明確になっていますか?

ジーナ: 私たちは、間違いなくサステナビリティの最前線にいます。そして最適な投資配分を考えています。最終的にどこに大きなお金が使われるかを見極めています。成功までは幾多の苦難を乗り越えなければなりません。ベンチャーキャピタルではうまくいかないものに投資してしまうこともありますが、それでいいのです。それが私たちの役割です。

一方、うまくいっているスタートアップへは、その規模を拡大できるように支援する必要があります。私たちが注力している業界にとって、これらのスタートアップは大企業と協業をしていない限り、市場への参入することさえもほとんどが不可能です。ですから、そのような企業はお互いに協働をする必要があります。

スタートアップは、大企業のためのソリューションの一環としてその役割を理解し、それに貢献しようとします。面白いスタートアップはパートナーに選ばれ、企業規模を拡大し、提携し、最終的に大企業の一部になることを望んでいます。最終的に上場して株式を公開するスタートアップもありますが、我々のセクターのほとんどは、実際には、販売・流通網と資源を持ち、それらのイノベーションで実際に最もインパクトを生み出す巨大な大企業に統合されています。

クレイグ: 企業の潜在的な環境負荷を測定する独自の指標を持っていますか?

ジーナ: ベンチャーキャピタルとしては、企業の潜在的な環境影響を測定する独自の指標はありません。しかしながら、エメラルド社は主にベンチャーキャピタル・ファンドを運営していますが、同時に私たちはスイス政府の債務保証プログラムも管理しています。この債務保証プログラムは、3億5000万スイスフランです。このプログラムはCO₂削減に非常に重点を置いているため、当社はこれらの債務保証で支援している企業のCO₂影響を測定するためのかなり精緻な方法論を持っています。

一方、ベンチャーキャピタルとしては、CO₂だけを目標としているのではありません。他の多くの領域にも焦点を当てています。したがって、私たちが過去使用してきたのと同じCO₂測定の手法をベンチャーキャピタル側に持ち込むことはできますが、それはCO₂のみを測定するものであり、他の要素を過小評価する可能性があります。これは避けられなくてはなりません。

ESGの面では、残念ながらベンチャーキャピタルにESG基準は存在しません。私たちは自分たちの行動の影響と、投資先企業によって可能にされる影響とを明確に区別しています。しかし投資家としてスタートアップのESGに関するガバナンスをいかに適切にすべきか、ということにも言及したいですね。スタートアップはどれだけの社会的責任を負うべきか。明らかに、これらの要因は会社の規模に大きく依存しています。1人のスタートアップと300人のスタートアップでは異なります。私たちがESGを推進しようとしているのは、この業界に長く身をおき、なおかつヨーロッパではクリーンテックを推進した初めてのベンチャーキャピタルだからです。

私たちは、ESG基準の作成を促進するために利用できる一定のプラットフォームを持っています。最近のチューリッヒのイベントでは、ベンチャーキャピタルにおけるESG基準の構築に焦点を当てたセッションがありました。共同投資する他のファンドと共通の理解を得るためには、現在のベンチャーキャピタルのESG基準を改善する必要があり、そのためのアプローチを共有するために多くの同業者とワーキンググループを作りました。同じ取締役会で隣に座る人と比較して、私たちのポートフォリオ企業がどのように運営されるべきかを決定する際には、ESGについて同じ基準である必要がありますから。

クレイグ: 環境への影響を測定するために標準化された指標の必要性を感じていますが、それを持っていますか?

ジーナ: はい、取り組んでいます。私のチームが次に考えることは、水の影響を測定する指標です。ただし、それは水の使用に関するものになります。有害廃棄物や排水についてはまだ難しいと思います。

クレイグ: 地球規模の気候目標を達成する上で、エネルギー効率や脱炭素化のどちらがより重要だと思いますか?

ジーナ: 両方が重要です。人々の関心を集めるために、企業は新しい素材を開発します。新しいサステナブルな航空燃料のようなものは、非常に大事ですし本当にエキサイティングだと思いますが、ビルのエネルギー効率を高めることは、より大きな影響を持っています。建築業界が世界の年間CO₂排出量の40%を占めることから、断熱材や窓の技術、空調システムを改善することで、エネルギー効率と脱炭素化の両方において大きな効果生み出すことができます。

クレイグ: 私は、脱炭素化だと考えていました。大気中から二酸化炭素を吸い込むコンクリート、エネルギー効率の向上などを考えていました。よりエネルギー効率の高い窓を開発している企業もありますし、エネルギーの生産と変換もあります。

ジーナ: あるスイス企業には誰もが興奮しています。彼らは素晴らしい技術を持っていますが、経済的には実行可能とはいえません。非常に大規模な企業の中には、セメントなどの削減が困難な分野に資金を提供しているところもあります。彼らは、CO₂の捕捉に役立つ技術を長期的な視点でサポートする必要がありますが、それはベンチャーキャピタルの仕事ではありません。

クレイグ: まだクリーンテック投資に重点おいていますか?それとも、より一般的なESG投資にシフトしていますか?

ジーナ: 私は、まだクリーンテックに重点を置いていると言えますし、エメラルド社と私たちのポートフォリオ企業はESGを実施しています。これから、ESGの重要性は私たちの投資活動の中で増していくでしょうが、環境への影響を与える点においてはまだ気候変動技術に焦点を当てています。

クレイグ: ESGは一種の測定ツールと言えるのですか?

ジーナ: ESGはリスク管理ツールの一種です。私たちは、ESGにおける環境のEに焦点を当てており、この2つの要素は重なり合っています。

クレイグ: ESGの標準化に関して、環境をどのように定義し、何を考慮するのかをどのように判断していますか?明確な方法はありますか?前述のとおり、現在のところ環境の基準は存在しないので、どのようにしているのですか?

ジーナ: 私たちは、非常に多くの異なるテクノロジーを見ており、それぞれのテクノロジーについて、市場機会を見ています。提供価値は何か?市場の機会はどれくらいあるのか?もし、彼らの提供価値が環境改善であっても、市場が非常に小さければ、結果的にそれほど大きな影響を与えることはありません。また、それは私たちにとってあまり興味深い投資にはならないでしょう。

したがって、私たちは、市場規模が十分に大きい企業を見ています。それは他の企業に資金を提供すべきではないということではなく、ベンチャーキャピタルのリターンを生み出すためには、より大きなインパクトをもたらすものに取り組む必要があります。

私たちには約50人のチームメンバーがいます。ほとんどのメンバーが、さまざまな技術的なバックグラウンドを持ち、異なるセクターに特化しています。彼らは、非常に詳細な分析を行い、特定の技術がどのような影響を与えるかを見極めるために、例えばそれがエネルギー効率であるならば、それが採用される可能性はどれくらいか、採用されるまでの速さはどれくらいか、全体の市場規模はどの程度かを判断します。そして、その分析に基づいて、私たちはさらに分析検証を進めていきます。

クレイグ: マルコム・グラッドウェル*1が話す「弱いリンク理論」を知っていますか?サッカーとバスケットボールの比較の比喩を使って説明していますが、バスケットボールでは優秀なプレイヤーを1人加えることで、チャンピオンシップ・チームになれますが、サッカーチームは、チームの中で最も弱いプレイヤーを改善することで、より良くなります。グラッドウェルは、いままでの歴史の中で、バリューチェーン上の強力な部分を強化するよりも、最も弱い部分に投資したほうが、バリューチェーンが強くなると言っています。たとえばビル・ゲイツは、マラリアのような病気を治すことに焦点を当てており、小さなものにより資金を投資しています。
*1 マルコム・グラッドウェルは、アメリカの著名なジャーナリスト

ジーナ: それは興味深いですね。つまり、既に大きな改善がなされている汚染源に投資よりも、改善されていない最大の汚染源に投資するほうがよいというという問いですね。確かにそれは正しいのでしょうが、それは大規模な汚染源へ変化を促すことができる場合に限られると感じます。

すでに確立されている事業領域では、そのバリューチェーン上のプレイヤーの関係がしっかりと出来上がっており、そこから得られる収益も安定しています。 そしてしばしば新しい技術は、ただそのビジネスを破壊するのではなく、バリューチェーンを再編することがあります。例えばパッケージ業界では、かつての顧客が、競合他社になる可能性もあります。サプライヤーとの合併が必要な場合もあるかもしれません。こうした関係はすべて、ボールのように空中に投げ出されて、まったく別の構造で戻ってくることになります。面白いですね。

クレイグ: 多くの投資が先進国に集中していますが、途上国ではより大きなインパクトを生み出す可能性があります。アジアに対するあなたの期待について聞かせてください?日本はアジアの他の地域に比べてかなり発展していますが、そこには大きな成長の可能性がありますか?

ジーナ: その通りですね。私たちは、さまざまな側面を考慮しています。1つは、どの地域にスタートアップとの協業を望んでいる企業が存在するかということです。もう1つは、どの地域に優れたスタートアップがあり、どのようなイノベーションを提供しているのか、またイノベーションが、テクノロジーのイノベーションなのか、ビジネスモデルのイノベーションなのか、そしてそのイノベーションがどこに展開される可能性があるか、などです。例えば、アフリカでは、市場構造や経済性に合わせた、本当に革新的なビジネスモデル・イノベーションが数多く見られます。また、既存の技術とビジネスモデルのイノベーションが、現地市場向けであり、他の同様の市場に移植することができます。しかし、エメラルド社は主にテクノロジーのイノベーションを求めています。

アジアには明らかに、歴史があり、技術、研究開発、イノベーションの文化があります。そして日本には、ベンチャーキャピタル産業を成長させる強固な基盤があります。ですから、もっと起業活動が活発になれば、おそらく日本は、ドイツが15~20年前に行ったように、そのイノベーションをスタートアップへ転換することができるでしょう。

案件を探すという観点では、22年間にわたって、私たちは北米と欧州で活動してきました。パンデミックの初めに、多くの起業活動、多くの研究開発拠点があるシンガポールに事務所を開設しました。今、この地域の案件を探しています。

技術の展開に関しては、スタートアップが企業から支援を受けることができれば、アジアの全地域は素晴らしいものとなります。米国の企業に投資している場合、彼らの地図にはアジアが載っていないことは非常によくあります。彼らにとってはこの地域に進出するのはとても難しい。成功の確率は、スタートアップが通常注力している典型的な5~6年の時間軸の中ではなく、はるかに長いからです。

地域ごとに課題は異なります。アジアにおける容器包装の問題は、適切な廃棄物収集産業が存在しないという、処分に関する問題です。また、ヨーロッパのプラスチック廃棄物の問題と比べると、容器包装製品の回収がはるかに難しい。例えば、スイスでは、さまざまな種類のプラスチック廃棄物を回収するために3つの異なるゴミ箱があります。また、あらゆる種類のプラスチックを、フィルムであっても回収しています。したがって、アジアには廃プラスチックの回収に関する問題だけではなく、プラスチックをリサイクルするために用いられる技術についても、より多くの課題があります。

日本では、美しいパッケージをたくさん見られます。しかし、日本において問題となるのはプラスチック廃棄物の量です。ヨーロッパの消費者は、製品に過剰なプラスチック包装が付いていると怒ります。スイスでも、百貨店などで、消費者がカウンターで商品を開梱し、すべての包装を取り捨て、バッグに入れてしまうのは珍しくありません。消費者は、そのプラスチック包装を廃棄するという負担を望んでいないために、そういった行動をとるのです。

ヨーロッパの食料品店は大きく変化しています。バルク販売に転換し、消費者が自分の容器やバックを持ち込んで、包装されていない野菜を買うことができるようになっています。こうした変化の多くは、スイスの廃棄物管理システムに直結しており、リサイクルできないものを処理することは非常に高コストになっています。

さらにそれは、単なる経済的な問題だけではありません。レジ袋が食料品店で禁止された後、レジ袋を持って食料品店をから出る姿を見られることは、一種の公衆での恥ずかしさとなりました。人々はむしろ食料品を腕に抱えて運ぶことを望みます。それは、レジ袋の代金を払いたくないからではなく、レジ袋を持っているのを見られたくないからです。それは文化的な要素です。

クレイグ: 日本について考えると、一部の外資系の企業は、別の成長市場の開拓に集中するために日本を去りました。そして、多くの企業が人口動態のために日本をあきらめている。人口動態や低成長にもかかわらず、日本への投資に明るい兆しが見えていますか。

ジーナ: 私はスタートアップがどこにあるのか、市場がどこにあるのか、そしてスタートアップと関わりたい企業がどこにあるのかを区別します。日本では持続可能性の目標を発表し、オープンイノベーションプログラムを実施し、起業に取り組んでいる製造企業が驚異的に増えています。これらの企業は過去10年間で急増しました。日本は市場としては大きく無いため、スタートアップは市場として滅多に日本を重視しません。スタートアップは、潜在的な企業パートナーを見つけるために日本に注目しています。イノベーションの面では、日本のVCやスタートアップのエコシステムは、まだ初期段階にありますが、大きな潜在能力を持っていると考えています。

各国の競争優位性の中には、経済の安定、ガバナンス、教育の評価、イノベーションといったいくつかの重要な要素があります。日本は、これらの主要な要素を数多く備えています。ただし、起業活動がなければスタートアップは存在しません。私はスイスで、起業への関与が不足している状況を経験しています。研究とイノベーションはあるものの、イノベーションがきわめて早い段階で吸収されてしまうと、独立した企業である場合と同じような市場導入を受けることはありません。

クレイグ: ここには多くの創造性、多くの起業家精神があると思います。しかし、それはしばしば、年齢に基づくヒエラルキーによって押しつぶされることがあります。

ジーナ: 「スタートアップネーション:イスラエルの経済奇跡の物語*2」を思い出しました。何も持っていない人は、“なぜチャレンジをしないのか”と言いがちです。何もリスクを負っていないと言いやすいからです。例えば女性への期待が非常に低い場合、正しいことをするだけで、それは人々が期待していた以上のことになります。
*2 ダン・セナーとソール・シンガーが著者の2009年に発刊されたイスラエルの経済について書かれた本

心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーは、人々がどのように損失と利益を異なる形で評価しているのか、また、それらの認識された利益と認識された損失に基づいて、どのように意思決定を行っているのかを発見しました。たとえば、ほとんどの人は、コインを投げて100ドルを勝ち取るか、何も得ないかの場合、リスクを取るよりも、確実に50ドルを勝ち取ることを好みます。企業が本当にオープンイノベーションを取り入れ、スタートアップと協力することを望むなら、失敗は付き物であることを理解する必要があります。失敗も受け入れなければ、成功することはできないのです。

ベンチャーキャピタルでは、ご想像されるように、投資したものがうまくいかないこともあります。だから、私たちは成功を祝うだけでなく、失敗も祝います。なぜなら、失敗がなければ成功は得られないからです。もし、失敗によって打ちのめされて身動きが取れなくなるようでは進歩はありません。

私たちには、組織の経営層レベルで、このようなマインドセットを持つ人々が必要です。経営者は、実際に失敗を祝うべきだと思います。計算されたリスクを取ることを奨励されるべきであり、技術が十分に実証されていない場合には経済的な面でもスケールメリットが得られるかどうか分からないことを十分に理解しなければなりません。私たちは活動に取り組む際に、リスクを理解し、投資を調整することでそれらのリスクを軽減する方法をとっています。

もし、技術面のリスクが多いと思えば、我々の投資は非常に小さくなるでしょう。技術リスクの大部分が解消され、商業化リスクが管理可能であると考えられれば、私たちはより大きな投資を行います。いずれにしても、失敗の結果はあまり悪くないので、失敗への恐怖が組織を麻痺させることはありません。

クレイグ: 私は日本の数社で30年にわたり仕事をしていますが、DICは失敗してもいいと言われた初めての会社です。

ジーナ: 私たちはそれを聞きたいのです。自分自身を守る必要があると感じる人や上司に守られる必要があると感じている人々に、大きな仕事を任せることは難しいです。それは企業文化的なことだと思いますが、私たちにとって初期の採用者は明らかに異なる文化を持っています。失敗を称えることや、事前によく考えた後の失敗を許す文化は、人々をイノベーションに駆り立てるために大いに役立つと思います。それは、挑戦や実験が許され、奨励されているというメッセージを送ってくれるからです。

クレイグ: 私たちは同じ考えを持っています。私の目標の一つは、DICグループで、世界中でよく考え挑戦した結果の失敗を認める文化を広げることです。私たちは、世界中の仲間の経験を共有するためにBetter Tomorrowsというグローバルグループ報を立ち上げましたが、これらの経験にも失敗を含めたいと思います。

ジーナ: そうですね、まさにその通りです。私はチームの若い人たちが、失敗を結果の一つとして捉え恐れないことがとても大事だと思います。ほとんどのベンチャーキャピタルは、特定の人に案件を割り当てます。これはディール要因分析と呼ばれ、これは、それぞれの担当者の結果ごとにIRR*1(内部収益率)を計算するものです。私たちのチームでは、そのようなことをすることは絶対に行いません。
*1 IRRとは、投資に対する将来のキャッシュフローの現在価値の累計額と投資額の現在価値の累計額が等しくなるような割引率をいいます。投資案件(プロジェクト)を評価する際の指標の一つで、投資の正味現在価値(NPV:Net Present Value)がゼロとなる割引率(利率)を指し、また複利計算に基づく投資に対する収益率(投資利回り)を表します。

私たちは、成功や失敗を個人に帰属させません。私たちはチームで勝利します。何年か前、ある機関投資家から、案件を個人に帰属させることを求められたことがありました。私は、もちろんOKと言って、損失を出したすべての企業をリストアップし、その行に自分の名前をつけました。なぜなら最終的には私が責任を持つからです。もしリスクをひとり一人が取れば、一方は成功に終わり、他方は失敗に終わります。彼らは、突如として異なったキャリアパスを歩むこととなってしまいます。これは、断じて認められません。

ベンチャーの分野では、成功や失敗の多くの例があり、最も重要な学習のいくつかは失敗から来ています。私は、学びのコンテンツとして多くの成功と失敗の例があると考えています。

クレイグ: 今日はありがとうございました