色彩を通じたDICの社会貢献
後編:わたしたちの暮らしを守る色彩
〜身近なところにあるユニバーサルデザインカラー〜

2022.4.28 事業を通じた社会貢献

色づかいによる多様性への対応は、私たちの生活のさまざまな場面で見られるようになってきている。2012年には気象庁により気象情報の色の統一化がなされ、2019年には地震や気象情報などの警戒レベルを示す色づかいについて、内閣府による統一指針が制定された。また、日本では「2020年東京オリンピック・パラリンピック」に向けて、安全標識の色彩として規定されたJIS安全色(JIS Z 9103)の色覚の多様性への対応が進んだ。案内サインのピクトグラムや標識、誘導ブロックなどでは、文字や形を把握するよりも早く、直感的に伝わる色の情報が効果的に用いられている。これらの誘導や安全にかかわる表示の色彩には、識別しやすく誤認しにくいことが求められる。DICグループは、これらの色の制定における委員会や調査・検証協力に参画し、社会へのユニバーサルデザインカラーの浸透に貢献している。

どのような避難行動をとるべきか、
警戒レベルを分かりやすく伝える色づかい

暮らしの中で起こる自然災害などの危険に関する情報を、私たちはテレビやスマートフォンなどのさまざまなメディアから得ている。防災気象情報の警戒レベルとは、災害発生の危険度や取るべき避難行動を、人々が直感的に理解するためのものだ。情報は警戒レベルに応じて色分けして伝えられるが、それを見た人々に正しく理解されているか?など、様々な課題があった。そこで、2012年に気象庁は、配色を統一して色のイメージを定着させ、色から受ける注意・警戒レベルの印象を直感的に理解しやすくするための指針を発表した。2019年には内閣府が、段階的に状況が深刻化する災害に対して「避難勧告等に関するガイドライン」を改定。白、黄、赤、紫に加え、新たに黒で示される5段階目の「警戒レベル」を設定した。(2021年5月、「避難情報に関するガイドライン」として警戒レベル4を避難指示のみに改定。)これらの色は、色覚の多様性への対応も必要とされるため、識別しやすい配色となるよう設定されている。

DICグループはNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構からの依頼を受け、警戒レベルの配色における検証に参加。多様な色覚特性の協力者とともに、画面表示に用いるためのRGB値の選定を実施。各色の識別性に加え、色を見て危険度を感じられるかというカラーイメージも考慮して色が選ばれた。また、これらの色を印刷で用いるためのCMYK値の策定も行っている。

警戒レベルをわかりやすく伝えるための5色の配色(出典:内閣府発表資料

ユニバーサルデザインカラーを取り入れた新しいJIS安全色

日本産業規格に制定されたJIS安全色(JIS Z 9103)には、「赤」「黄赤」「黄」「緑」「青」「赤紫」の6色について、色の範囲と参考色が定められている。更に、これらの色に合わせる対比色として、「白」「黒」の2色も設定されている。ここで定められた色は、禁止、指示、注意警告、安全状態などの情報を伝える安全標識など、さまざまな表示や製品の色分けに利用され、私たちの暮らしの中に広く行き渡っている。

安全標識は、その色が示す「禁止」や「安全」などの意味が、遠くから見てもきちんと伝わらなければいけない。多様な色覚を持つ人々が色を誤認したり、標識を視認しにくかったりする色づかいでは、情報伝達に支障が起きてしまう。1955年の制定以来、多様な色覚への対応がなされてきたそうだが、具体的には小さな改善に留まっていたという。そこで、2018年の改正で初めて、ユニバーサルデザインの観点からの抜本的な見直しが提案された。この改正では色の組み合わせに対する認識性調査が行われ、さまざまな色覚特性の協力者によって、色票を見比べて見分けやすい配色が選び出された。また、識別性と併せて、「赤」「緑」というように色の名前で呼ぶことができ、その色らしく感じるかどうかも検証された。その結果、下図の通り多様な色覚特性に対応したユニバーサルデザインカラーが設定されている。

JIS安全色(JIS Z 9103:2018)の改正に至る背景には、それまで使われていた色が、多様な色覚特性にとって互いに識別しにくかったという課題があった。世の中の製品は、多くがJIS規格に則ってつくられている。色彩においても同様で、JIS安全色で規定された色が製品に用いられることが数多く見られる。カラーユニバーサルデザインのコンサルティングを行っているNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構によると、「例えば、家電製品の充電中から完了に切り替わるライトは、1型や2型色覚の人には似た色に感じられ、いつ完了したのか分かりません。一部のドアの開閉ボタンなども色が識別しにくく、使いにくいという声が挙がっていました。2018年の改正前は、色覚の多様性に対応したユニバーサルな製品を企業に提案したとしても、JIS規格の色がネックになり、色を変えることができないケースも多かったのです。」


改正前の事例(プロダクト製品の充電中・充電完了/ドアの開閉ボタン)

人の目で見て行った地道な調査がもたらした成果

今回の改正における原案作成委員会には、「カラーユニバーサルデザイン推奨配色セット」を開発した伊藤啓氏や、NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構、DICグループも参加している。推奨配色セットの検証作業で培われたノウハウをもとに、まず、「DICカラーガイド」シリーズと「JPMA塗料用標準色」から、JIS安全色の色名に該当する色票966色が選定され、1型色覚(P型)、2型色覚(D型)、ロービジョン、それぞれの色覚特性の協力者による検証が行われた。その中からお互いが見分けやすい色が絞り込まれ、各色の候補色と既存のJIS安全色の色票に対して更に大規模な調査を実施。最終的な改正案が選定された。この改正案と改正前の参考色のうち、見分けにくいという声が多かった14パターンに対する見分けやすさの評価が、132名に対して行われている。結果は、改正案の色の組み合わせの方が「色の違いがすぐによく分かる」という回答が大きく増加し、「色の違いがとても分かりにくい」という回答が大幅に少なくなっている。

この改正で、JIS安全色にユニバーサルデザインカラーが採用されたのは、原案作成委員会の幹事を務めた一般社団法人日本標識工業会の中野豊会長の存在が大きい。「今回の改正で新しかったのは、これまでのように手元の表やグラフのデータを基に、ここをこうしましょうか、などと理論的に手を加えて作成したのではなく、実際に人が目で見て行った検証や調査結果を基にしたものであることです」。中野豊氏はこう語る。前回の改正(2005年)では、塗装分野の人が委員会に参加していなかったことで、決定した色が塗料では再現できない色の範囲になっていたという。中野氏は、実際に色材を扱う分野の専門家の参加が必要であると考え、塗装分野の業界団体やDICグループのような印刷分野の専門家が入った委員会体制を実現した。

「2018年のJIS Z 9103改正後、当会には企業の方・研究者・関係者の方から安全色に関する相談も多く寄せられているが、これまで改正JIS Z 9103に関する批判的な意見は1件も私の元には届いていません。JIS Z 9103:2018の完成にあたり、当初からDICさんが参加くださり多大な貢献をされたと感謝しています。」

中野豊氏(一般社団法人日本標識工業会会長)
新JIS安全色記者発表(2018年)

今回の改正に伴い、参考情報としてCMYK値とRGB値による見分けやすさの検証も行われ、公開された。JIS安全色は産業界に向けた規格のため、マンセル値で色が設定されている。そのため、CMYK値を用いる印刷媒体やRGB値を用いる画面表示では、カタログやデジタルサイネージなどに掲示する際に、それぞれのデザイナーが見立てたおよその近似色が使われていた。DICグループをはじめとする原案作成委員会の有志は、新JIS安全色普及委員会を立ち上げて用途ごとの色彩値を公開し、各業界への普及を図っている。

参考:ユニバーサルデザインカラー採用の新JIS安全色/DICカラーデザインHP

視認性と環境調和を両立した誘導ブロック「ルシダ®」の開発

街中で目にする黄色の視覚障害者誘導用ブロックは、「黄色が望ましい」とされているが、どのような黄色かは実際には規定されておらず、景観を重視する建築家やデザイナーはあざやかな黄色は目立ちすぎるため避けようとする傾向がある。また、黄色ではなく、路面の色や舗装の模様と紛らわしい色や柄がつけられ、視力の低い人には見分けにくい誘導ブロックが設置されるケースも増えている。2011年、東京大学のユニバーサルデザイン推進室のアドバイザーであった伊藤啓氏(当時:東京大学准教授、現:ケルン大学教授)は、レンガや伝統的な建築と現代的なビルが混在する環境において、視認性と景観調和を両立できる誘導ブロックの開発に着手した。

伊藤氏は語る。「この種の研究では新品の製品サンプルを地面に置いて比較するだけの場合が少なくありませんが、今回の研究では数回にわたって、候補デザインの誘導ブロックを路面に敷設して長期の実証実験を行い、退色や汚損が進んだ状態での見やすさも評価しました。視力の低いロービジョンの方約100名と一般視覚者約50名の協力で、何段階もの比較評価実験を行いました。著名な建築家で東京大学教授の隈研吾氏の助言も得ています。最終的に選ばれた2色の誘導ブロックは、景観と調和しにくいという理由で設置を避けられがちな濃い黄色のブロックとほぼ同等の視認性を示し、特に光が少ない夕暮れ時には同等以上の視認性を示しました。」

一般的な黄色い誘導ブロック/新規開発した誘導ブロック「ルシダ®」(クールイエロー/ウォームイエロー)

比較地実験検証の結果

伊藤氏とカラーユニバーサルデザインの活動で協業していたDICグループは、DICカラーデザインが行っているデザインコンサルティングの知見から、色みやトーンを変えたさまざまな黄色を提案し、検証作業にも協力。このプロジェクトでは、誘導ブロックメーカー各社(※)も参加し、タイル、コンクリート、樹脂製品という屋内外で使用できる誘導ブロックの素材を網羅した、製品として実現可能な検証用サンプルがつくられた。2018年より順次発売され、2022年3月現在、「ルシダ®」ブランドで、モダンな景観に合うクールイエローと温もりある景観に合うウォームイエローの2色が各社から製品化され、日本の各所で景観を彩り始めている。

※誘導ブロック「ルシダ®」開発各社
株式会社LIXIL/日本工業株式会社/株式会社キクテック/大光ルート産業株式会社

「ルシダ®」使用イメージ(左:クールイエロー/右:ウォームイエロー)

記者発表右から:伊藤啓氏(東京大学客員教授/ドイツ・ケルン大学教授/NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構副理事長)、隈健吾氏(建築家/東京大学教授)、金子雅道氏、後藤史子氏、竹下友美氏(DICカラーデザイン株式会社)※発表当時

多様性ある社会を「色」で支える企業として

DICグループは、「カラーに携わる事業者の社会への貢献」としてカラーユニバーサルデザインへの取り組みを進めている。2006年に伊藤氏やNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構らと共に始まった「カラーユニバーサルデザイン推奨配色セット」の開発過程で得られた知見は、その後、JIS安全色の改正や暮らしを彩る色彩のさまざまな方面で役立てられている。今回紹介した以外の事例についても、DICカラーデザインのカラープランナー後藤史子氏に伺った。「過去には、千葉大学と赤色特色インキの分光特性の違いによる見分けやすさや、高齢者の視認性と可読性に関する共同研究も行いました。特色インキの検証では、さまざまなインキの配合比率を変えた赤色の分析を行い、一般色覚には一見同じ色に見えても、中波長域にピークをもつ赤は1型色覚の方にとって黒と見分けやすいという結果が得られました。」学会発表では各方面の研究者の方々から大きな反響を得たという。理論上のデータを読み解くだけではない、色をつくり出す企業ならではのリアルな研究に期待がかかる。

DICグループのカラーユニバーサルデザイン活動をスタートさせた中川真章氏は、グループ全体としてカラーユニバーサルデザインに取り組む意義を伝えてくれた。「このようなカラーユニバーサルデザインに関わる活動は、さまざまな分野でDICグループのビジネスにも関わっています。自社の事業の中でカラーユニバーサルデザインに対応した製品を展開するケースもあれば、お客様がカラーユニバーサルデザインに対応した事業を展開できるように支援をさせて頂くこともあります。私たちの事業内容やサステナビリティ活動を掲載した『DICレポート』は、色覚多様性に対応する色づかいでデザインしており、見分けやすい配色に与えられるカラーユニバーサルデザイン機構の認証マークを取得しています。多くの人にとって、識別性の高い配色を実現するカラーデザインの技術は、長年の経験によって培われてきました。色覚多様性に対応したカラーコミュニケーションや暮らしを守る色づくりについて、今後は日本だけでなく、グローバル企業として海外の拠点とも共有していきたいと考えます」。

DICがカラーを中核としたビジネスの幅を拡げる上で掲げるブランドスローガン「Color & Comfort」には、多様性ある社会を「色」で支える企業としての想いが込められている。誰一人取り残さずに社会の安心・安全を守るため、DICグループは色彩で社会に貢献している。

中川真章氏(DIC株式会社コーポレートコミュケーション部部長)/DICレポート

DICグループの「社会との共生・社会貢献」はこちら

前編:色材メーカーとしての社会的責任 〜人に優しいカラーコミュニケーションを目指して〜