色彩を通じたDICの社会貢献
前編:色材メーカーとしての社会的責任
〜人に優しいカラーコミュニケーションを目指して〜

2022.3.31 事業を通じた社会貢献

DICグループは印刷インキのメーカーとして創業した。1968年から製造する印刷インキの色見本帳「DICカラーガイド」シリーズは、グラフィック分野のみならず、広くものづくりの現場で色指定のツールとして用いられ、彩り豊かな社会や暮らしの実現に役立てられてきた。色彩はものを華やかに飾るだけではなく、道路・鉄道の案内サインや、地図・グラフの色分けなどにも用いられ、人々に情報をわかりやすく伝える役割もある。DICグループは、色をつくり出すメーカーとして、人々の暮らしにおけるカラーコミュニケーションを豊かにしたいと願っている。

色覚の多様性に対応する「カラーユニバーサルデザイン」

近年、多様性ある社会への理解が深まる中、ものづくりやデザインにおいて人の色の見え方の個人差への対応も進んでいる。例えば、ホームページやカタログなどをつくるときには、ある特定の色の見え方の人にとって情報が伝わりにくいデザインにならないよう、考えられた色づかいが行われている。色覚の特性には、遺伝による生まれ持ったもののほか、後天的な病気や加齢などで変化したものなどがある。私たちは隣の人がどのように色を見ているかを、あたかも知っているかのように日々を過ごしているが実は知る術はない。 同じ「赤い花」を見て、「赤い花だね」と会話はできても、人によっては「紫っぽい赤」と感じているかもしれないし、「茶色っぽい赤」と感じているかもしれない。お互いが「赤」という言葉でコミュニケーションしているだけで、知覚的に「どのような赤色」を見ているのかは、正確には分からないのだ。

色の見え方の多様性について、DICでさまざまなカラービジネスに携わり、現在はコーポレートコミュニケーション部で部長を務める中川真章氏は、こう話してくれた。「私たちの社会には、さまざまな色覚を持つ人が暮らしています。同じ色を見て同じ色名を想起する人同士では、言葉で色を伝えてもコミュニケーションにすれ違いはほぼ起きませんが、色覚のタイプによっては、「赤」や「濃い緑」や「黒」を同じカテゴリーの色として感じ、同じ色名で呼ぶことがあります。高齢になると、「黒」と「青」などの区別が困難になってきます。そのため、複数の色を使ってデザインし、情報を目立たせたり区別させたりするときには、多くの人にとって見分けやすい色選びや、デザイン上の工夫が必要とされています。DICグループは、色づかいが色覚の多様性におけるバリアになることのないよう、社会貢献活動の一環として、色彩や色覚に関する専門機関との連携や産学協働に積極的に参画し、色のユニバーサルデザインに取り組んでいます。」

中川真章氏(DIC株式会社コーポレートコミュニケーション部部長)

産学連携による実用的なツールの開発

色覚については、過去に心理物理学や生理学など様々な分野で研究がなされてきた。18世紀のイギリスの化学者ジョン・ドルトンは、自分が多くの人と色の見え方が異なっていることに気づき、自らの色覚を題材に研究を行ったことで、西欧における色覚研究の先駆者と言われている。しかしそれ以降、色の見え方の違いが生じる原因となる目の仕組みや、見分けにくい色がどのような色かなどの研究は数多くなされたが、当事者の人々が生活する上で困っていることを解消するための具体的な手段についての研究は、進展することはなかった。

先天的に色覚特性が異なる人の割合

伊藤啓氏(東京大学客員教授/ドイツ・ケルン大学教授/NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構副理事長)

私たちの社会は、暮らしていくうえで一見何の不便もないように感じるかもしれない。しかし、例えば身の回りの道具を見ると、多くの物は大多数を占める右利きの人にとって使いやすいことが前提でデザインされており、少数派の左利きの人の存在は見過ごされがちだ。現在では、このような少数派の人の不便さを解消するため、どちらの利き腕でも使いやすいユニバーサルデザインの製品も多く見られるようになってきている。色の見え方においても、同じ色を見て共通して「赤」と呼ぶ大多数の人々と、それが「赤」なのか他の色なのか、ある特定の色同士が見分けにくく、呼び方を迷う人々が存在している。

2004年に設立されたNPO法人カラーユニバーサルデザイン機構 は、世の中を人の色覚の多様性に対応できるよう改善してゆくことで「人にやさしい社会づくり」を目指している。この機関の設立に携わり、自らも先天的に色覚特性が異なる伊藤啓教授によると、色の見え方が多くの人と異なる特性を持っている人は、日本では、男性の20人に1人、女性の500人に1人程度の割合、欧米ではその2倍近い割合で存在するという。血液型でいうとAB型と同じほどの割合で、決してごく僅かの人の話ではない。だが、社会における多くの色づかいは、大多数を占める色覚の人にとって分かりやすいように作られてるのが現状だ。

伊藤氏は、自身の経験から実用的で社会を変えていけるツールの開発を求めていた。「過去に数多く、どのような色が見分けにくいかの研究はされていても、見分けやすくするための具体的な手段については、実は21世紀になっても進展していませんでした。研究者が扱うYxyの値では、実際にデザインをするときに色指定することはできません。」色覚に関するユニバーサルデザインは、ものづくりを担うデザイナー達にとって、どうすれば良いか分からない状態だった。
伊藤氏は語る。「世の中を変えるためには、デザイナーが使うツールで見分けやすい配色を提案する必要があります。世の中では一般的にRGBやCMYKが使われています。そうした実用的な値を決めようと思うと、実際に色材を作り色再現方法について知ジャパンカラーに準拠しCMYK値を3%~5%振ったチャートを作成見のあるメーカーと協業する必要があります。理論的にではなく、デザイナーが活用できる実用性のある色を決めるには、「DICカラーガイド」のようにデザイン業界では誰もが知っていて、業界標準となっている色票を提供しているメーカーと組むのが、一番効果が大きい。」

Yxy表色系上に示された混同色線
線上にある色同士の配色は、各色覚特性において見分けにくい

2006年、当時DICカラーデザインが運営していた色彩会員組織の会報誌で伊藤氏の記事を掲載したのをきっかけに、実際にデザイナーが使える印刷用の色指定の方法について相談が投げかけられた。当時DICカラーデザインの取締役だった中川真章氏は、次のように語っている。「伊藤先生のお話を伺い、色材や色見本などの実物を作っているメーカーだからこそ、担える役割がある。カラーコンサルティングやデザインを行う企業として、また、色彩を創り出すDICグループとして、カラーユニバーサルデザインは社会的責任や社会貢献につながる取り組むべきテーマと感じました。」ここから、DICグループの15年に渡る活動がスタートした。

カラーユニバーサルデザイン推奨配色セットの取り組み

世の中のモノづくりやデザインのさまざまな分野で活用できる実用的なツールの開発にあたり、2007年に伊藤氏が中心となって産学連携の体制が整えられた。印刷分野からはDICグループ、塗装分野からは建築業界で普及している「JPMA塗料用標準色」を提供する一般社団法人日本塗料工業会、また、ディスプレイ表示色の専門家として石川県工業試験場が参加。見分けやすい配色を選ぶためのさまざまな色覚を持つ検証協力者の招集は、NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構が担った。

伊藤氏が複数の団体の参加を必要と考えたのには理由がある。「例えば、テーマパークのパンフレットは印刷で作られますが、そこに掲載されているアトラクションの案内サインは、塗装で色がつけられている場合があります。また、それらの案内サインをパソコンやスマートフォンに表示されたホームページ上で見ることもあります。印刷はCMYK値、塗装はマンセル値、画面表示はRGB値で色が指定され、分野ごとに異なる方式や色材で色が作られているので、同じ「赤」だとしてもそれぞれの分野の色彩値が必要なのです。そこで、さまざまなデザインに対応できるよう色数を考慮して20色を揃え、様々な色覚特性の人々が見分けやすい配色例をつくりました。」伊藤氏の長年の想いは、業界を横断して集った制作委員会によって『カラーユニバーサルデザイン推奨配色セット』として実現した。推奨配色セットの情報は、色彩値や使用方法をまとめたガイドブックとして頒布されている。

『カラーユニバーサルデザイン推奨配色セット』制作委員会

DICグラフィックス株式会社東京工場での検証用サンプル色票印刷

初期検証作業:
DICカラーガイドと塗装用色票の比較

画面用の検証作業:
左)竹下友美氏
(DICカラーデザイン株式会社カラープランナー)

DICグループは、推奨配色セットの開発において、DICカラーガイドシリーズの提供と、CMYK値で印刷された検証用色票の作成、検証作業に携わった。DICグラフィックス株式会社東京工場の協力により、オフセット印刷で色票は制作された。また、DICカラーデザイン株式会社のカラープランナーである後藤史子氏、竹下友美氏の2名が、これまでの全ての活動において、検証作業の進行や一般色覚の検証協力者として参加している。竹下氏はこれまでの流れをこう説明してくれた。「取り組みの第一段階として、DICカラーガイドの特色インキによるカラーチップ約2500色を、一般的な色覚の人が分かりやすい色のグループに分類して色を絞り込み、各色覚特性における検証を経て見分けやすい配色の大まかな傾向を把握しました。そのデータをもとに、JPMA塗料用標準色の色票やCMYK値、RGB値による色票サンプルを作成し、検証を重ねていきました。2008年に試作品を発表し、その後2009年に塗装用と印刷用、2011年に画面用を発表。その後、学会発表や各所でセミナーなども数多く実施し、各業界への普及を図っています。」

プロセス印刷の色票はジャパンカラーに準拠して印刷され、印刷条件や使用インキ、用紙の情報なども「カラーユニバーサルデザイン推奨配色セットガイドブック」に記載されている。推奨配色セットを用いてデザイン制作を行った際に、できるだけ同じ水準の色調が得られるように、技術情報が提供されている。

印刷用色票:
ジャパンカラーに準拠しCMYK値を3%~5%ずつ段階的に変えたチャートを作成

塗装用色票:
JPMA塗料用標準色のほか、JIS標準色票を基にした新規色を作成

画面用色票:
sRGB色空間、色温度6500K、ガンマ2.2設定画面にて表示

人々が暮らしやすい社会を実現するために

発表から10年以上が経ち、推奨配色セットはカラーユニバーサルデザインを行いたいと考える企業やデザイナーらに取り入れられてきた。阪急電鉄では、案内表示の色の全面的な見直しの際、路線案内図に推奨配色セットを採用し、色だけでなく記号情報も付記して多くの人々に伝わりやすいようリデザインされた。東京都や神奈川県など、各自治体の色づかいに関するガイドラインにも多く掲載されている。学校の教師が作成する資料など、色を扱う専門的な知識や経験がなくても多様な色覚特性に対応した色で情報を伝えることができる。NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構では、「推奨配色セットができたことで、どのような色が良いか聞かれたときに具体的な色を示すことができるようになりました。自治体ガイドラインの波及効果もとても大きいと感じています。」と、企業からの色の相談への対応もしやすくなったとのこと。ものづくりの現場では、色彩値をそのまま使用する場合もあれば、これをもとにアレンジして使用する場合もある。見分けやすい色の色彩値やターゲット色の色票があることで、どのように調整すれば見分けやすい色になるのか、色調整を行う時間やコストが抑えられるというメリットも生まれている。

路線案内図(阪急電鉄株式会社/大平印刷株式会社)
※左:旧デザイン/右:新デザイン

自治体ガイドライン(東京都神奈川県

ナースコール PLAIMH NICSS(株式会社ケアコム)

分別ペール/ゴミ箱(アロン化成株式会社)

伊藤氏をはじめとするカラーユニバーサルデザイン推奨配色セット制作委員会には、この研究開発においてひとつの指標とした考えがあった。「推奨配色セットは、人によっては「もっと他に見分けやすい配色があるのでは?」と感じられるかもしれません。特定の色覚に絞って配色を選定すれば、その色覚の人にとって最も見分けやすい配色ができますが、それは他の色覚の人にとっては見分けにくいというような偏りが出て、バリアが生まれてしまいます。この配色セットは、開発のための検証に参加した一般色覚、1型色覚(P型)、2型色覚(D型)、3型色覚(T型)、ロービジョン、それぞれの色覚特性の人が、お互いに少しずつ譲り合いながら、自分にも他の人にもできるだけ見分けやすい配色になることを目指しています。」多様性ある社会における、互いを尊重し思いやる精神がここから感じ取ることができる。

推奨配色セットとその開発過程で得られた知見は、その後のJIS安全色のユニバーサルカラー化や気象情報、防災情報の配色の統一にも役立てられているという。DICは、色材、印刷インキ、カラーコンサルティング・デザインなどのグループ全体の企業活動を通して、地球上に生きるさまざまな人々が暮らしやすい社会の実現を目指している。

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後編:わたしたちの暮らしを守る色彩 〜身近なところにあるユニバーサルデザインカラー〜