2020年6月に和歌山県海南市に開館した市民交流施設「海南nobinos(ノビノス)」では開館から約9カ月半で来館者が50万人を突破しました(2021年3月現在)。海南市や近隣の人々が開館時刻前に行列を作るほど人気の施設となった秘訣の一つは子どもたちが自然と本に親しめるような仕掛けがたくさんなされた空間作り。「いろどり編」「
かいてきへの挑戦編」に続き、今回は「みらい編」として、子どもたちに寄り添う施設作りや今後予定されているイベントについて、宇尾崇俊さん(海南市教育委員会 生涯学習課 文化振興係 ※取材当時)にお話を伺いました。
(聞き手DICグラフィックス株式会社 事業+α推進本部 企画開発グループ 浅利英里奈)
「静かに!」と注意されない施設では子どもたちの心を刺激する仕掛けがいっぱい。
海南nobinosでは、ワクワクする仕掛けがたくさん見られますね。
宇尾 施設の計画を練っている際、視察した武蔵野プレイス(東京都武蔵野市)には大人が入室できない若者だけの空間として19歳以下の青少年だけが利用できるラウンジ形式のスペースを設けていました。海南に戻って、子どもたちに聞いてみると、知らないおじさんやおばさんと話すのも全然平気という子が多く、海南には必要ない(笑)と思いました。
3階の「こどものライブラリー」は児童書がメインで、好きな本に没頭できるよう、押入れ感覚のブース席も設けています。放課後に小学生が並んで漢字ドリルをやっていたかと思えば、次の瞬間には持ち込んだゲーム機で対戦していたり、寝転んでマンガを読んでいたりなど、けっこうカオスな空間でもあります(笑)。絵本に出てくるような面白くてくつろげる場所で、さまざまな要素が子どもの感性を刺激することにつながればうれしいですね。
カラフルで柔らかな素材で作られた本棚はよちよち歩きの子どもが万が一ぶつかってもケガをしないように。ユニークな造形には子どもを守るアイデアが詰まっている。
(左)色とりどりの本棚に並ぶ本を見ながら歩くだけでも楽しい。(下)マカロンを思わせる愛らしいカラーを配した書棚が並ぶ「テーマのえほん」コーナーでは季節や行事の本を紹介する。
図書館で食事ができるスペースがあることにも驚きました。
宇尾 子育て世代の人たちが雨の日に子どもを連れて行くなら、どんなところだろう? と考えた時に「ランチスペースが確保されている場所」だと思いました。このアイデアを形にしたのが2階の「えほんのライブラリー」の中央部にある小上がりのランチスペースです。平日のお昼は親子連れが、学校の放課後になると、女子高生たちが駅前のファストフード店で購入したハンバーガーやドリンクなどを持ち込んで、食べながらおしゃべりしていますよ。
遊びと見守りを兼ね備えた空間作り
「読書の森」はリラックスして読書が楽しめますね。
宇尾 ここに入る時は靴を脱ぎます。芝生をイメージしたカーペットの上でゴロゴロしたり、木の根をデザインした背もたれに身を任せて、本に向き合えます。いつも沢山の子どもたちが本を片手に思い思いに過ごしていますよ。自分の好きなエリアを決める楽しみもあるでしょうね。なお、壁をガラス張りにしているのは防犯のためです。不審者は心理的にここに近づけないでしょうし、姿が常に見えていることが安全につながりますからね。
柔らかい素材で作られている本棚はアールを施している。緩衝作用を考慮されたデザインだ。
あえて開けている本棚と本棚の隙間。これはお父さん・お母さんたちが本の世界に没頭している子どもを見守るためのアイデアだ。
「色」に関連するイベントからスタートさせたい!
海南市の方たちからの反響はいかがですか? また、これから開催されるイベントの予定があれば教えてください。
宇尾 人口5万人の街ですが、開館から一年もたたずに来館者が50万人を超えました。開館時刻前に行列ができているのを見るとうれしいですね。依然としてコロナ禍ですが、しっかりと感染対策を行い、皆さんの安全と安心に配慮しながら運営しています。そんな中、来館される幅広い世代の方からは「ゆっくり過ごせる」という感想もいただいています。もしかしたら、海南の伝統色をはじめとする彩り豊かなカラーが心を和ませているのかもしれません。実はこの施設の立役者は色なのでは?と思うこともあります。開館からずっとコロナ禍の影響を受け、イベントが開催できない状況でしたが、今後もし開催できるようになったらぜひ、色のイベントからスタートさせたいですね。
エントランス付近に置かれている色とりどりのベンチ。一見、硬そうな印象だが、このベンチにもウレタンが使われ、柔らかくて座り心地が良い。
海南nobinosからDICのブランドスローガン「Color & Comfort」を発信できるとうれしいと思っています。こちらはDICのカラーが世界一、採用されている施設ですから。ぜひ、カラーガイドを使った色のイベントを開催させてください。多くの方々に私たちのセミナーを通じて色の魅力を知っていただきたいと思います。
宇尾 そうですね。私は色を通じて海南の価値を感じ、移住して来る人や改めて故郷の良さを見直してUターンしてくれる人がいたらいいな、と思っています。また、海南の子どもたちには自分たちの町にある伝統色を大切に守り、育てていってほしいですね。やはり、色は人間の生活に“彩り”と“快適”をもたらしてくれるものですから。
今はまだ伝統色にも海南の文化にも関心のない子どもたちがいるかもしれません。けれど、そんな子どもたちが故郷を離れ、何かのきっかけで「この色を昔、nobinosで見たことあるぞ!」となり、海南の風土や文化を思い出すきっかけになることを願っています。色は人間の記憶に残るし、人の力になるものだと思いますから。
(左)アリの巣をモチーフにしたすべり台は子どもたちから大人気。休日は多くの子どもたちが行列を作る。(右) 夏になると壁からミストシャワーが出るというノビノスルーフでは吹奏楽コンサートも開催される予定。(下)海南の冬の風物詩であるイルミネーションは海南nobinosでも見られ地元の人たちも散策を楽しむ。