微細構造高分子が生み出す機能:ナノ触媒と超撥水表面創製へのチャレンジ
Micro/nanotextured polymers fabricated by polymerization-induced phase separa-tion: challenges for creation of metal nanoparticle-captured porous supports and su-perhydrophobic surfaces
加藤 愼治
Shinji Kato
重合誘起相分離現象(PIPS:Polymerization-induced phase separation)は,モノマーとその他の成分(溶媒や可溶性添加剤など)からなる均一組成物を重合する際,生成するポリマーが他の成分と互いに混じり合わなくなり,二相に分離することを言う。「相分離構造」は相分解の過程で構造を凍結することで制御でき,相分解と重合反応の相対的な速度関係によって決定される。本稿では,PIPS現象を活用して作製する多孔性ポリマーの材料化学への応用として,「貴金属担持ナノ触媒」と「超撥水ポリマーコーティング」の二つの例を紹介する。前者は貴金属塩の還元と重合反応が同じラジカルを取り合って進行する系の複雑さ,一方,後者では光ラジカル重合の短いタイムスケールの中,いかにして基材表面で相分離現象を誘起し微細構造を形成させるか,その難しさが特徴である。本研究は,そのような一見難解な現象の中に「制御性」を見出すことを目的に取り組んだもので,その当時(2009~2013年)から時間の経過はあるが,現在に通じる独自性を含んでいると考えられ,今後の研究開発のヒントに繋がれば幸いである。なお,本稿は外部公表した複数の総説を組み合わせ,加筆・再構成したものである。
Micro/nanotextured polymers are highly designable and have attracted widely spreading interest. Polymerization-induced phase separation (PIPS) technique is a traditional method for preparing mi-croporous network polymers. PIPS is typically carried out by polymerization of a homogeneous mixture consisting of crosslinkable monomers and porogenic solvents, where the solvents are mis-cible with the monomers but immiscible with the generating network polymers, so that a phase-separated state can be obtained in the course of the polymerization. Subsequent removal of the sol-vents leaves pores inside the network polymers, and the rigid porous framework thus obtained faith-fully reflects the original phase separation structure. In this review article, two unique examples are given as the microporous polymer usage: a tailor-made catalyst of metal nanoparticle-captured po-rous supports and superhydrophobic surfaces having micro/nano binary-scale textures. Based on the systematic investigation, the PIPS technique is proved to be versatile and applicable in a variety of application fields.
キーワード:重合誘起相分離(PIPS),多孔性高分子,触媒,超撥水表面,接触角
Key Words: polymerization-induced phase separation (PIPS), microporous polymers, catalysts, superhydrophobic surfaces, water contact angle
1 貴金属担持ナノ触媒
白金(Pt)やパラジウム(Pd)など貴金属ナノ粒子(NPs)を固定化した複合材料は,燃料電池・水素製造や環境浄化用の触媒として,また液晶・電子材料・医薬品などの高付加価値化成品の合成触媒として活発に研究開発が行われている。本稿で取り上げるPdについては,不溶性担体に担持したPdNPs触媒が,「低エネルギー・低環境負荷による持続可能なものづくり」を指向した次世代物質変換技術において先導的な役割を担うものとして大きな期待がかけられている1-3)。また一方で,高価な貴金属であるPdの使用量低減の観点からも,固定化PdNPs触媒は重要度の高い研究対象となっている。
固定化PdNPs触媒に求められる特性は,次の3点である。1)均一分散系(溶液系)で機能するPd触媒と比較して,その活性に遜色がない。2)固定化担体からのPd成分の不可逆的な脱離(リーチング)が高度に抑制され,繰り返し利用できる。3)水系合成反応において,高活性触媒として機能する。
近年,使用時に固定化担体から遊離した原子状Pdまたはクラスター状Pdが触媒として機能する,高活性固定化Pd触媒の例が多く報告されている4,5)。これらにおいては,固定化Pd触媒は,触媒有効成分である遊離Pdを反応系に供給する「リザーバ」としての役割を果たしている。すなわち,これらは不均一系触媒としての見かけはしているが,その触媒反応の本質は均一系である。したがって,反応系からの触媒の分離の困難さや,生成物中へのPdコンタミネーション等,均一系触媒が従来かかえる問題点を必然的に包含する。
このような観点より,均一系触媒に匹敵する高い触媒活性を維持したまま,反応系へのPdリーチングを高度に抑制できる真の「不均一系触媒」が強く求められることになる。その上で,水系触媒反応におけるリユースが達成されれば,環境負荷を極力抑えた新世代のPd触媒を開発することが可能となる。
1.1 高分子固定化Pdナノ触媒の調製と微細構造
筆者らは,ラジカル重合における成長鎖末端ラジカルがPdイオンの還元剤として機能することに着目し,重合誘起相分離現象(PIPS)6,7)とPd還元反応を組み合わせた,新しいPdNPs担持多孔性高分子の調製法の開発に成功している(Fig. 1)8-11)。本研究では,重合基を導入したポリアミドアミン(PAMAM)デンドリマーおよびPd塩の存在下,大過剰の架橋性モノマーの加熱によりPIPSを誘起させることにより,小粒径PdNPsが担持された多孔性高分子をワンポットで簡便に調製できる。

高分子固定化Pdナノ触媒調製の模式図をFig. 2に示す。本稿では,PAMAMデンドリマーとして第3世代を用いた例(G3-m)を示す。まずは,重合基を末端に導入したG3-m(30個の3級アミノ基と32個の末端メタクリロイル基を有する)をDMF中でPd(OAc)2と混合することにより,Pd2+をG3-mに錯化させる。続いて,それを大過剰のエチレングリコールジメタクリレート(EGDMA)と混合し,ラジカル重合開始剤(AIBN)を加え加熱重合を行なうことにより,PIPS過程を経由して固定化Pdナノ触媒(MP1)を得ることができる。ここで,MP1中のPd担持量は上記調製系における各構成要素の組成比により任意に制御可能である。例えば,Pd/3級アミノ基(G3-m中)比を4/3,G3-mのPd2+錯体に対してEGDMAを質量比で9倍用いた場合,MP1中のPd担持量は3.3質量%(0.31 mmol g-1)となる。なお,本手法では,用いたPd2+はすべてMP1中に担持でき,洗浄液中へのPd成分は漏出は見られない。得られたMP1は粉砕・分級(粉体サイズ : 75~300 µm)後,分析および触媒反応に使用できる。

走査型電子顕微鏡(SEM)による形態観察より,MP1は高分子ナノファイバーが空孔と共連続的に絡み合った多孔構造を有することが確認された(Fig. 3)。窒素吸脱着テストより,MP1はBET比表面積510 m2 g-1,平均細孔径9.9 nm,全細孔体積1.01 mL g-1を示し,高い空隙率を有するメソ孔含有ポリマーであることが明らかとなった。このような構造は,不均一系触媒反応での反応基質のPdサイトへのアクセスを考慮した場合,好ましいものである。

透過型電子顕微鏡(TEM)観察より,MP1中のPdNPsは2-5 nmの粒径を持つことが示された。また,個々の粒子について,高分解画像より明確に結晶格子縞が観測され,格子間隔より露出面が(111)面であることが確認された(Fig. 4)。エネルギー損失型分光法(EELS)によるマッピング画像(Fig. 5)より,MP-1中PdとNの分布は概ね重なることが確認され,生成したPdNPsはG3-mにより安定化されMP1中に担持されていることが示唆された。MP1に対する広角X線回折分析(WAXS)は,結晶性PdNPsの存在を明確に支持しており,そのピーク位置(2θ = 39˚)より露出面が(111)面であることが確認された。一酸化炭素(CO)による被毒テストより,MP1に吸着可能なCOガス体積は0.89 mL g-1に達することが確認され,MP1調製時に仕込んだPd2+に対して12%もの高い割合でPd原子が表面に露出していることが見いだされた。これは,PdNPsがナノ粒子表面のPd原子のみCO吸着が可能であり,粒子内部は不活性であることを考慮すると非常に高い値であり,先に述べた大きなBET比表面積を有する多孔性高分子構造に起因した結果であると推察される。


AIBNフリーでラジカル発生量を減じて高分子調製を行った場合,Pd2+の還元が不十分であったこと,また,BH4-還元剤を添加した場合,Pd2+の急速な還元に起因してPdNPsの肥大化とPd-blackの生成が見られたことなどから,本系における,重合系に内在する成長ポリマーラジカルを利用した比較的穏和なPd還元-多孔性高分子調製同時系の優位性は明らかである。
1.2 高分子固定化Pdナノ触媒の触媒作用
次に,MP1のクロスカップリング反応に対する触媒作用について概括する。反応ターゲットとして,4-ブロモアセトフェノンを用いた水系Suzuki-Miyaura反応を選択した。本稿の冒頭でも言及したが,水中で機能する固定化Pd触媒は,グリーンサステナブルケミストリーの観点から次世代物質変換技術の重要な開発アイテムとなっている12,13)。MP1による触媒反応(80℃)は速やかに進行し,反応基質に対してPd 0.01モル当量の使用において少なくとも2時間で定量的に反応が進行することが確認された(Fig. 6a)。ろ過による回収後,MP1は特別な処理を必要とせず良好にリユースが可能で,少なくとも8回目の反応においても収率90%以上で生成物を与えた(Fig. 6b)。触媒反応後のMP1のTEM画像(Fig. 7)より,PdNPsのサイズおよび結晶格子パターンに変化は見られず,また,WAXSパターンも触媒反応前のそれと変化は確認されなかった。原子吸光分析(ICP-AES)によるPd成分のリーチングテストから,反応液中にPd成分の脱離は検出されなかった(検出限界:200 ppb)。反応基質に対するMP1の使用量を低減させた場合,触媒ターンオーバー数(TON)は8.5 × 104に達した(Table 1)。


Table 1 Suzuki-Miyaura Reactions Examined with a Low Amount of MP1

ここで,MP1の高いPdリーチング抑制能力とリユース特性について,その触媒作用機構に基づき考察する。クロスカップリング反応に対するPdNPs触媒の作用機構の1つとして,基質である芳香族ハロゲン化物の酸化的付加にともないPdNPsから遊離した表面Pd原子が触媒反応を担うことが提唱されている(動的平衡機構)14,15)。近年,Astrucらは独自に開発したトリアゾール基含有デンドリマーで安定化されたPdNPs触媒に対する詳細な研究結果から,ナノ粒子より遊離した原子状Pdが触媒機能の本質を担い,PdNPs-デンドリマー複合体は遊離Pdを反応系に供給する「リザーバ」としての役割を果たしていると結論づけている4)。この結果に照らし合わせて考えた場合,本研究のMP1では触媒反応後に反応液中にPd成分が検出されないこと(前記)から,固定化担体から遊離したPd成分が触媒反応を引き起こすことは否定される。そこで,初期ステップとして基質の酸化的付加により遊離したPd原子は,PdNPsの周辺に存在するPAMAMデンドリマー(G3-m)に含まれる配位性部位(3級アミノ基,アミド結合,およびウレア結合)にトラップされ,結果として母体であるPdNPsの近傍に存在し(Fig. 8),触媒プロセス完結後PdNPsへ再び取り込まれているのではないかと推察している。JesúsらのPAMAMデンドリマーを用いた均一系PdNPs触媒の結果16)はこの仮説を支持し,また,前記の触媒反応前後においてPdNPsのモルフォロジーや結晶状態に変化がないという結果はこの仮説と矛盾しない。本研究のMP1は,ユニークな階層的Pdキャプチャー構造[マクロスコピック網目(高分子/空孔共連続構造)→分子状網目(高分子ネットワーク)→集積化リガンド(デンドリマー)→PdNPs]を有しており,それがPdリーチングの抑制に強く寄与しているものと思われる。一方で,MP1において,触媒反応が全体を通して固定化担体に担持されたPdNPsの表面で進行・完結したとしても,Pdリーチングは高度に抑制される。G3-mを用いる代わりに,低分子リガンドモノマーを用いて(Fig. 9, UR-mとTA-mを併用)コントロール触媒(Cont-p)を調製した場合,Pdリーチングの抑制およびリユース特性において良好な結果は得られなかった。Cont-pに対するTEM観察からリユースによるPdNPsのサイズ増加(凝集)が観測されたことより,MP1におけるPAMAMデンドリマーのPdNPsに対するテンプレート効果(集積化リガンド効果)は明らかである。


1.3 まとめ
以上概説したように,PIPSとPd還元反応を組み合わて行うことにより,小粒径PdNPsが安定的に担持された多孔性高分子をワンポットで調製できることが見いだされた。特に,PAMAMデンドリマーを誘導体化して得た配位性モノマーを活用した場合,デンドリマーのテンプレート効果により,Pdリーチングが高度に抑制できるリユース可能な固定化Pdナノ触媒を調製できる。本稿で紹介した高分子固定化Pdナノ触媒は水中において均一系触媒に匹敵する高い触媒活性が確認されており,PIPSに基づいた本手法の優れた拡張性をもとに,持続可能なものづくりを指向した次世代物質変換技術の開発において重要な役割を果たすことを期待したい。
2 超撥水ポリマーコーティング
超撥水表面とは,大きな静的水接触角(θst, > 150˚),小さな水接触角ヒステリシスという特徴で表現される,水滴がきわめて転がりやすい表面を指す。超撥水表面を構築するには,構成する素材の疎水性を高めるだけでは不十分で,微細な凹凸構造を巧みに表面に配することが必要である。したがって,超撥水表面の構築には,表面における化学とメソ-マイクロ領域での物理構造(トポグラフィー)の理解に基づく高度な材料設計が要求されることになり,材料科学に携わる研究者のチャレンジングな研究対象となっている。ここでは,PIPSを利用した微細構造ポリマー膜の作製手法を中心に,超撥水表面および超撥水・超親水パターン化表面の形成技術に関して,研究成果を紹介する。
超撥水表面の構築には,表面エネルギーの低下を促す素材を用い,且つ,µm~nm領域で階層的微細構造を発現させるという明確な設計指針が存在する17-19)。これまでに,蓮の葉やアメンボの脚などの表面構造を模倣して,1990年代半ばより,多くの超撥水表面が人工的に創り出されてきた。初期は,特殊な素材・複雑な工程を利用した研究が目立ったが,近年は,鋳型や自己組織化等のコンセプトを取り入れ,汎用の素材を簡便な手法でアレンジした系が多く見られるようになり,中には実用に用いられるケースも増えてきた20-24)。
2.1 微細構造ポリマー膜の作製
PIPSによる多孔性ポリマーの形成は,重合により生成するポリマーと孔形成剤(ポロゲン)との相分離現象に基づいており,洗浄により除去されるポロゲン相が孔の起源である。ここでは,基板上の塗布層内でPIPSを誘起し,得られた微細構造ポリマー膜により超撥水性の発現を試みた結果について述べる。
PIPSによる多孔性ポリマーの調製は,バルクでの熱重合系で行われるのが一般的である8-11,25,26)。それは,熱重合による重合反応タイムスケールと相分離のそれとが巧くマッチして,緻密な相分離状態を形成することが可能であることに起因する。一方,本研究では,基板上の塗布層内でPIPSを行わせるため,UV光を用いたラジカル重合系を利用する(Fig. 10)。したがって,光重合の短いタイムスケールにおいて,十分な相分離現象を誘起できるかが微細構造ポリマー膜を形成するための鍵となる。

エチレングリコールジメタクリレート(EGDMA)などの架橋性モノマーを主成分とするモノマー組成物に,ジグライム(Dig)やデカン酸メチル(MeCap)等揮発性の低い溶媒をポロゲンとして混合させてPIPSに用いた場合,得られたポリマー膜表面の撥水性は必ずしも高くない(θst値は,それぞれ,65˚,91˚)。走査型電子顕微鏡(SEM)観察より,前者は表面平滑膜の様相を示し,また,後者もわずかな凹凸構造が見られるものの,超撥水性を誘起するほどの発達した微細凹凸構造は観察されなかった。同じ混合物を用いて熱重合を行った場合,PIPSの進行にともない発達した相分離状態が形成されるため,UV重合系においては,重合反応の進行に相分離現象が追随できていないことが推察される。
そこで,PIPS過程における熱力学的な駆動力を向上させることを意図し,上記溶媒に可溶性ポリマーを溶解させ,ポロゲンとして利用することを試みた。Fig. 11に,ポリ酢酸ビニル(PVAc; Mw, 1.4 × 105 g·mol-1)の10wt% Dig溶液,および,ポリイソブチルメタクリレート(PIBMA; Mw, 3.0 × 105 g·mol-1)の10wt% MeCap溶液をポロゲンとして作製したコーティング膜の表面SEM像,水滴の様子,および,水接触角(θst)値を示した。SEM像から明らかなように,両者とも,相分離に起因して,直径約1µm程度のポリマーグロビュールが連結された凹凸構造が観察された。しかしながら,両者にはθst値について大きな違いが見られ,前者が同じポリマーの平滑膜のθst値と同様の値(67˚)であったのに対し,後者は極めて大きな値(163˚)を示した。この超撥水性の起源は,蓮の葉と類似した,ポリマーグロビュール表面のnmスケールの微細構造の存在にあるものと考えられる。前者には,そのような微細構造が欠如している。後者は,表面エネルギーの低下を促す低極性のMeCapを溶媒として用いたPIPS過程であるため,表面近傍で発達した相分離挙動が可能となり,それが表面微細構造の形成へとつながったものと考察できる。得られた超撥水表面は,小さな水接触角ヒステリシス27)を示し(前進角 θadv, 165˚; 後退角 θrec, 162˚),低い傾斜角(< 1˚)で水滴は転落した。また,Cassie-Baxterモデル28)を適用して求めた,水滴下の空気の占有率は97%であった29)。

2.2 微細構造ポリマー膜の超撥水膜としての展開
上に示した初期結果を起点とし,作業仮説を立て研究を重ねることにより,PIPSを利用して超撥水膜を形成するための方法論を確立できた30)。本手法を遂行するための重要なポイントは,UV重合のタイムスケール内において,表面近傍で発達したポリマー相分離現象を誘起できる適切な架橋性モノマーとポロゲン系(溶媒と可溶性ポリマー)の組み合わせを選択することである。
2.2.1 超撥水膜作製のための条件最適化
ここで,PIBMAを脂肪族カルボン酸のメチルエステルに溶解させ,ポロゲンとして用いて調製した一連の微細構造ポリマー膜の水接触角評価結果をFig. 12に示す。ヘキサン酸メチル(炭素数6,MeHex)からパルミチン酸メチル(同16,MePal)までのアルキル鎖長の異なる溶媒に対し,PIBMAを1.0~20 wt%の濃度で溶解させ用いた。いずれの溶媒でも,PIBMAの10 wt%溶液を用いた場合が,最も高いθst値を示した。溶媒のアルキル鎖長が増加するにつれ,超撥水性(θstt値, > 150˚)のポリマー膜を与えるPIBMAの濃度範囲が増大し,興味深いことに,ミリスチン酸メチル(炭素数14,MeMyr)やMePalを用いた場合,PIBMAを添加しない系(0 wt%)でも超撥水膜を与えた。一方,MeHexでは,10 wt%のPIBMAを添加した場合でも,超撥水性を示す微細構造ポリマー膜を与えることはできなかった。

これらの結果は,膜表面近傍における,架橋ポリマーとポロゲン(溶媒と可溶性ポリマー)との相分離状態(構造)を反映したものに他ならない。先に述べたように,可溶性ポリマーの添加は,相分離状態の形成を促進する31)。したがって,添加するPIBMAの量を減じても超撥水膜を与えることが可能なMeMyrやMePalは,EGDMAを主体とする架橋ポリマーと溶媒自体の親和性(膨潤性)が,ポリマーの生成につれ速やかに低下していくことを示唆している。一方,溶媒のアルキル鎖長が短くなる(分子量が小さくなる)につれ,架橋ポリマーの溶媒膨潤性が高まり,発達した相分離状態の形成が困難になったものと推察される。また,溶媒の飽和蒸気圧(揮発性)もコーティング膜表面での相分離形成に影響を与えることは容易に予想され,特にMeHexのような低分子量溶媒を用いた場合は,溶媒揮発により相分離形成が阻害されたものと推察される。
2.2.2 透明超撥水膜の調製(透明性と表面粗さの相関)30)
前述のように,ポロゲン中の溶媒成分として,MeMyrやMePalを用いた場合,発達した相分離状態を容易に与えることが見出された。興味深いことに,これらの系は,膜厚1 µm以下の薄いポリマー膜を形成させるコーティング条件においても,相分離の形成に由来する緻密な表面微細構造を誘起できる。例えば,Fig. 13にSEM像を示すように,MeMyrを用いて調製したポリマー膜(膜厚:約0.25 µm)では,直径50 nm程度のポリマーグロビュールが連結された凹凸構造の形成が確認された。この膜は超撥水性を示し(θst, 155˚),また,膜表面の原子間力顕微鏡測定(AFM)より,表面粗さ(RMS)は121 nmと見積もられた。このような比較的小さな構造的単位により構成されるという特徴により,この膜の可視光透過率は大幅に向上し,例えば,波長600 nmの入射光の透過率 > 95%であり,高い透明性を示した。

2.2.3 耐摩耗性向上のためのアプローチ32)
ここで,PIPS用組成物には,架橋性モノマーとポロゲンという基本成分の他に,種々の可溶性物質を添加してUV重合にともなう相分離状態の変化を誘起し,ポリマーの微細構造を制御することが可能である。上記のPIBMA/MeCapをポロゲンとして用いたPIPS用組成物に対して,極性溶媒,例えばN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を添加して調製したポリマー膜の表面SEM像をFig. 14に示す。この膜は,ポリマーと空隙(ポア)が相互に絡み合った共連続構造をとっていることがわかる。興味深いことに,ポリマー相の表面にはnmスケールの微細な凹凸が明確に見てとれ,表面のθst値は150˚に達し超撥水性を示す。このような特異的な微細構造は,比較的極性の高いDMFが系中に存在することによるポリマーの膨潤の影響,特に表面では空気の介在を許容したポリマー(モノマー)/溶媒(DMF・MeCap)/空気の多元的相互作用の中で形成された造形に他ならない。詳細については,さらに検討を要する。この連続相としてのポリマー相を有する膜は,核形成・成長で形成された“ポップコーン”構造を有する超撥水膜(Fig. 11(c)(d))に比べ,θst値はやや劣るものの耐摩耗性が格段に向上する。例えば,不織布による耐摩耗試験では,3000ストローク(10g荷重)の試験後も,θst値,表面SEM像も変化がないことが確認されている。一般的に,その機械的安定性の低さが超撥水表面の致命的欠点であると指摘されており,本結果は実用的観点からたいへん興味深いものと言える。

2.3 超撥水・超親水パターン化表面の形成33)
ここまで,PIPSを活用した超撥水表面の形成について説明してきた。ここでは,超撥水ポリマー膜の孔に親水性モノマーを含浸させUV光照射を行うことにより,超親水表面に変換できる例を紹介したい。さらには,Fig. 15に示すように,フォトマスクを介してパターンUV露光を行えば,超撥水・超親水パターン化表面を簡便に作製することができる。超撥水膜に対してスルホン酸基を有する親水性モノマー(MS)を用いて部分親水化を施したパターン化膜の外観図を,それぞれの領域における水滴の挙動(時間プロファイル)とともにFig 16に示す。この図は,超撥水部分(θst, 162˚)と超親水部分(θst, 0˚)からなるパターン化膜の例であり,超親水部分は水着滴後0.23 s以内にθst値が0˚を示す。このようなぬれ性が顕著に異なる部分からなるパターン化膜では興味深い水の挙動を演出でき,図のように閉じた管状の構造でなくても,超親水部分に付着した水分が毛細管現象によりラインに沿って上昇する様子が容易に観測された。


親水部分のθst値は,親水化実験に用いるMS溶液の組成に大きく依存し,そのモノマー濃度および混合溶媒中の含水比率が,その親水性を決定する重要なファクターであることが確認された。Fig. 17に,含水比率の異なる各溶液中のMS濃度に対し,得られた親水化表面のθst値を,いくつかのポイントの水滴挙動(MS濃度, 0.5 mol L-1)とともに示す。溶液中のMS濃度が高いほど,ポリマー膜表面の親水化を有効に行うことができる。また,興味深いことに,同じMS濃度の場合(~0.5 mol L-1),溶液中の含水比率が高いほど親水化の効果は高く(~90%, v/v),水着滴後0.23 s以内にθst値が0˚を示す超親水表面が観測できた。この場合のポリマー膜中へのMS吸着量は0.04 µmol mm-2に達するものと見積もられた。

ここで,溶液中の含水比率の違いが,ポリマー膜表面の親水化に影響をおよぼすのはなぜだろうか。超撥水ポリマー膜表面(38×26 mm2)に対して親水化を行った際の,膜全体(洗浄液中に溶出した未固定MS量から逆算)および膜表面近傍(XPS測定により解析)におけるMS固定化量を,溶液中のMS濃度に対してプロットした結果をFig. 18に示す。Fig. 18aに示した結果より,溶液中の含水比率に関わらず,ポリマー膜全体に対するMS固定化量はほぼ同等であることがわかる。一方,Fig. 18bは,含水比率が高いほど表面付近のごく浅い領域にMSが高密度で固定化されていることを示している(含水比率78%と90%では同等)。これらの結果より,含水比率が高いほどMS溶液の膜中への浸入が抑制されたことが示唆され,深さ方向におけるMSの固定化分布に影響を与えたものと考えられる。これは,取りも直さず,ベース膜が超撥水性であり,その撥水性に起因して起きた現象であると考えられ,超撥水膜に対する含水液体のぬれ性により,親水性物質(ここではMS)の吸着深さを制御できたと言える。MS固定化の起点は,超撥水膜中に残存するビニル基であると推測でき,表面付近のごく浅い領域に形成されたMSの高密度グラフトポリマー鎖が超親水性の起源であると考えている。

2.4 まとめ
以上概説したように,UV重合においてPIPSを活用することにより,簡便かつ合理的に超撥水膜を形成できることが見出された。この方法によると,特に高価な装置を必要とせず,数分のスピードプロセスで超撥水膜の作製が完結する。これに派生した一連の研究を通じてUV重合でのPIPSへの理解が深まり,本稿で紹介した通り,現在では透明性・耐摩耗性に優れた超撥水膜の作製,超撥水/超親水微細パターン膜の作製,繊維シートなど任意形状基材の超撥水化を行うためのポリマー膜設計指針を導出することに成功している。超撥水/超親水パターン膜において,選択的結露により空気中より水分が超親水部に凝縮されることも実証できている。パターンレイアウトを工夫することによりその水分を毛細管現象により誘導できれば,Stenocara Beetle34)の水流誘導機能を模倣したバイオミメティクスによる新しい環境テクノロジーへとつながり,おおいに興味が持たれる。
今後,幅広い分野での応用展開,特に住設・自動車・家電などの汎用構造材料分野を対象とした実用展開を意図した場合,さらなる機械的安定性の向上は必要不可欠である。本稿で示したように,ポリマー/ポロゲンの相分離構造の制御に付随した架橋性ポリマー連続相の形成により,表面耐摩耗性の向上が可能である。本手法の優れた拡張性をもとに,微細構造ポリマー膜を活用した超撥水膜・超親水膜の科学が大きく展開し,遠くない将来,新しい付加価値を備えた実用的機能性表面が創出されることを期待したい。
本稿は,「未来材料 Vol.12, No.5(2012年 エヌ・ティー・エス)」,「触媒の設計・反応制御 事例集(2013年 技術情報協会)」,「触媒の劣化対策,長寿命化(2020年 技術情報協会)」に掲載された総説に対して,加筆・再構成したものである。
謝辞
本研究を遂行するにあたり,当時,一財)川村理化学研究所に在籍した小笠原伸博士,佐藤彩矢さん,Yang, Yaoyao博士に多大なるご尽力をいただいた。深く感謝します。また,中国・東華大学 Li, Guang教授に感謝します。また,微細構造ポリマーの電子顕微鏡観察,および解析結果について有意義な議論を行わせていただいた,魚田将史さんをはじめとしたDIC分析センターの皆様に感謝します。本研究の一部は,文科省科研費 学術研究助成基金助成金 基盤研究C(No.23550172)の助成を得て行われました。
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- 固体表面における液体の接触角は,本来熱力学的な量であり,系が定まれば1つの値をとる。しかし,実際には動的接触角,すなわち液体が固体表面を前進するときの接触角(前進接触角 θadv)と後退するときの接触角(後退接触角 θrec)は同じ値をとらないことが多い。この現象を接触角ヒステリシスと呼ぶ。接触角ヒステリシスが小さな表面ほど水滴は滑落しやすく,表面粗さは接触角ヒステリシスに影響をおよぼす重要な要因の1つである。
- 粗い(凹凸)表面における静的撥水性理論の1つ。表面の凸部分は濡れているが凹部分は閉じこめられた空気と接しているという,不均一な濡れ状態の仮定に基づく。表面粗さの増大とともに空気界面(水接触角 180˚)の面積分率が増加し,接触角は飛躍的に増大する。このモデルで説明できる表面は,一般的に接触角ヒステリシス27)が小さく,水滴の滑落が容易に起こる。
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- アフリカ・ナミブ砂漠に生息するゴミムシダマシ科の甲虫。体表に親水部と撥水部を併せ持ち,朝霧の中,隆起した親水部に結露させた水小滴を,ろう質で撥水性のある溝を通じて口中へと導き摂取することができる。
著者紹介(執筆時)
加藤 愼治
DIC株式会社
R&D統括本部
アドバンストマテリアル開発センター
サイエンティスト
