特 集 優れた信号応答性と意匠性を併せ持つ機能性黒色顔料
SpectrasenseTM Black EH 8082、L 0086 Sicopal® Black L 0095
09 産業と技術革新の基盤を作ろう 17 パートナーシップで目標を達成しよう

優れた信号応答性と意匠性を併せ持つ機能性黒色顔料 SpectrasenseTM Black EH 8082、L 0086 Sicopal® Black L 0095

安全・安心で、彩り豊かなカーライフに貢献する
革新的なコーティングシステムを開発しました。

DICの価値創造 機能性顔料による自律走行支援と高い意匠性の両立

外装塗料に含まれるカーボンブラックの功罪

自動車メーカーは、誰もが安全・安心に移動できるスマート社会の実現を目指し、自律走行が可能な次世代モビリティの開発に注力しています。その基盤となるのが、レーザー光を照射・反射させて物体の形状・位置を検知し、他の車両や障害物との接触・衝突を防ぐ「LiDAR(ライダー)自律走行システム」です。いわば自律走行車の「眼」となる機能です。
しかし、自動車の外装塗料には、カーボンブラックという炭素の微粒子が含まれ、照射されたLiDAR信号や太陽光に含まれる近赤外線を吸収して熱に変換する性質があり、検知機能を著しく低下させます。
では、LiDAR機能を優先し、塗料からカーボンブラックを取り除くと、どうなるのでしょう。カーボンブラックは、外装塗料の下地材を隠す隠蔽性に優れ、塗料の耐性や導電性を高める特性も備えているため、他の物質に代替するのは容易ではありません。
しかも、ユーザーが自動車を購入する際に重視する「車体の色」への影響も大きく、カーボンブラックを使用せず深みのある黒色や深紅・緑色などのダークカラー、自然なメタリックグレーなどを発色させるのは困難です。そのため、LiDAR機能を重視するほどカラーデザインの自由性が損なわれるという課題がありました。

  • Laser Imaging Detection and Rangingの略。物体の形状・距離などを検知・測定するセンシング技術の一種。
ポリスチレン製の食品容器

LiDAR信号の近赤外線は、外装塗料のカーボンブラック顔料に吸収され、信号応答性が著しく低下

LiDAR信号を阻害せず、深みのあるカラーを発色する画期的な顔料とコーティングシステムを開発

2021年3月、世界有数の化学メーカーBASF社(ドイツ)の顔料部門だった「Colors&Effects社」(以下C&E、同年7月にDICが同社を買収)は、LiDAR信号を吸収するカーボンブラックを使うことなく深みのあるカラーを発色できるコーティングシステムの開発に成功しました。
自動車の塗装は下から順に、面を整えるプライマー(中塗り)、着色するカラーベースコート(上塗り)、塗膜の保護や光沢を出すクリアコートの3層で構成されます。このうち下の2層にはカーボンブラック顔料が含まれ、LiDAR信号(近赤外線)を吸収します。
そこでC&Eは、各塗膜層に必要な機能性を確保しながら近赤外線だけを選択的に透過または反射させる「波長制御型黒色顔料」によるコーティングシステムの開発に着手。新たに開発した透過型黒色顔料(SpectrasenseTM Black EH 8082)と従来の反射型黒色顔料(Sicopal® Black L 0095)を最適に組み合わせることで、LiDAR信号を的確に透過・反射させながら高級車などに求められる深みのあるカラーリングも実現させました。
これによってスマート社会に不可欠な自律走行型自動車の外装塗料は、カーボンブラックへの依存から脱却し、高いセンシング機能とカラーデザインの自由性を手にすることが可能となりました。また、このコーティングシステムは、自動車だけでなくセンサーを搭載した多種多様な工業製品に応用できることから幅広い分野への展開が期待されます。

LiDAR信号を阻害せず、深みのあるカラーを発色する画期的な顔料とコーティングシステムを開発
LiDAR信号を阻害せず、深みのあるカラーを発色する画期的な顔料とコーティングシステムを開発

DICならでは ぺリレンブラックの革新・漆黒の価値向上・中間色の改善

近赤外線を反射させるだけでは解決できない命題

C&Eが新たなコーティングシステムに取り組む契機となったのは、LiDAR技術を使って交通事故を防ぐ「先進運転支援システム(ADAS)」の開発プロジェクトでした。そこでの課題がカーボンブラックの存在でした。カーボンブラックが近赤外線を吸収・蓄熱する性質は既知のことで、C&Eは屋根や外壁などの建材向けに近赤外線を反射させて遮熱機能を発揮する顔料を開発し、省エネ型建材市場で高いシェアを誇っていました。
しかし、この技術を応用するだけでは課題は解決できません。自動車メーカーや塗料メーカーから「LiDAR信号の検知機能を確保すると同時に、漆黒性に優れた黒色や自然なメタリックグレーの実現」という命題を与えられたのです。これを達成するには、カーボンブラックに代わる新たな機能性黒色顔料を開発し、LiDAR信号の透過・吸収・反射を勘案した上で自動車の塗装構成に最適なコーティングシステムを設計する必要があります。

  • Advanced driver-assistance systemsの略。

波長制御型黒色顔料の最適な組み合わせによるコーティングシステム

C&Eは2018年から本格的に開発に着手し、カーボンブラックがLiDAR信号に及ぼす影響(散乱性・吸光性・反射率・比色分析など)を徹底的に解析・評価しました。そして、幅広い色相を持つ有機化合物ペリレンブラックに焦点を絞り、LiDAR信号(近赤外線)の透過性と可視光線の吸収による漆黒性を高めた革新的なペリレンブラック「SpectrasenseTM Black EH 8082」を開発。
さらに、透過されたLiDAR信号をカラーベースコート層やプライマー層で強く反射させ、目標である漆黒性や自然なメタリックグレーの発色を可能とするため、近赤外線反射型の無機顔料「Sicopal® Black L 0095」を組み合わせ、各塗膜層に最適な配合を探りました。
こうして2021年3月に完成した画期的なコーティングシステムは、塗料メーカーや自動車メーカーを驚嘆させ、自動車塗料がカーボンブラックに依存してきた時代からスマート社会に向かう新たな扉を開いたのです。
DICが米国グループ会社であるサンケミカル社の取引先だったC&Eの買収を決断した背景には、同社の高度な顔料開発技術と世界大手自動車塗料メーカーへの製品供給を通じて培った知見が、「DIC Vision 2030」の実現に不可欠と判断したからであり、それは早くも大きな実りをもたらしています。

開発者メッセージ

自動車・塗料業界から大きな反響をいただいています

測定装置を改良して定量的な測定法を開発

近赤外線が及ぼす顔料への影響は、遮熱機能を持つ顔料の開発で経験がありましたが、自動車の自律走行を目的とするLiDAR 信号の応答性とダークカラーやナチュラルカラーの改善を両立させるプロジェクトは、私たちにとって大きな挑戦でした。
開発の初期段階で注力したのが、顔料を含有した3 層の塗膜の中でLiDAR 信号がどのような挙動を見せるかの解析です。自動車業界でもその手法が確立されていないため、私たちは比色分析の専門家の手を借りて、光スペクトルの強度分布を測定する分光光度計を改造してこれを可能にしました。
この方法でLiDAR 信号の入射角度によってカーボンブラックがどれほどの悪影響を及ぼし、近赤外線透過型の黒色顔料でどれほど改善できるのかなどを定量的に示せるようになり、その後の顔料開発で大いに役立ちました。

Dr.Paul Brown

Colors & Effects Corporation
研究開発マネジャー
有機顔料シニアエキスパート
Dr.Paul Brown

難しかった自然なメタリックグレーの発色

カラーの発色で特に難しかったのが、カーボンブラックの代替としてペリレンブラックを用い、二酸化チタン・銀雲母・アルミニウムなどを組み合わせて自然なメタリックグレーを発色させることでした。何度試みても、色は緑色あるいは青みがかった赤色になり、他の顔料を加えて色補正しなければなりません。
この壁を突破するため、文献から得られる情報を解析し、我々のペリレン結晶構造を制御する知見を組み合わせたのです。そして、この新しいアプローチによって単一の顔料からニュートラルブラックの期待性能の実現に成功しました。重要なのは、この手法が、研究室だけでなく、実機生産レベルにスケールアップする際にも効果的だったことです。
このブレークスルーによって他の顔料による色補正を必要とせずに、ナチュラルなメタリックグレーを形成することができました。

メタリックグレーの発色比較

メタリックグレーの発色比較

パンデミックの中での製品化・生産化

技術開発は新型コロナウイルス感染症が欧州に広がる以前にかなり進捗し、パンデミックになった時、私たちは既に秘密保持契約のもとで主要顧客に試作品を提供する段階でした。そこで問題だったのは、いかに顧客から詳細なフィードバックを得て最適化を図り、製品を生産化して2021年に市場投入するかでした。通常のプロセスでは、外部のお客様や社内グループと対面で会議を行いますが、パンデミック下ではリモート会議に頼るしか方法はありません。
しかし、大半の人がリモートツールで突っ込んだ議論をした経験がなく、互いに歯がゆい思いをしながら意思疎通を図る術を身に付けていきました。そして、開発だけでなく製品化・生産化に携わるメンバーも、そしてお客様も素晴らしい仕事を成し遂げ、予定どおり市場投入を実現させました。

塗料業界のフォーラムで最優秀賞を受賞

塗料業界では、毎年、注目すべきテーマや喫緊の課題を議論する場として「フォーカス会議」を開催しています。このフォーラムには、世界各国の塗料・塗装メーカーやOEMメーカーのほか、主要な自動車メーカーも参加しています。2021 年5月のフォーラムは、コロナ禍対策のためリモート形式でしたが250名以上が出席しました。
この席で、私たちは最新の成果として「塗料の反射率とLiDAR検出」と題したプレゼンテーションを行い、LiDAR信号の検出に関わる光スペクトルの分布測定法や機能性黒色顔料の開発などを報告しました。それは大きな驚きをもって迎えられ、最優秀プレゼンテーション賞を授与されました。
私たちは、この時の出席者の人々の反応を目の当たりにして、C&Eの顔料技術がLiDAR分野のリーディング企業の一員であることを確認し、大きな喜びに包まれました。これを糧に今後もより自由性の高いカラーデザインに貢献できるよう研究開発を続けていきます。

KEY PERSON of DIC

大きなポテンシャルを秘めた“黒らしい黒”を出せる新顔料です

DIC 株式会社 大阪支店 カラーマテリアル製品本部 顔料グローバルセグメントグループ マネジャー 後明 慎太郎

開発者から試作品のパネルを初めて見せてもらった時、直感的に「すごい製品になるポテンシャルだ」と興奮しました。これまで自動車塗料メーカーへ幾度もペリレンブラックを紹介しましたが、わずか15μmの膜厚で繊細かつ奥深い色を求められる自動車の色づくりの壁を突破できませんでした。顧客からは“黒っぽいけど本当の黒じゃない”と。
それが新製品SpectrasenseTM Black EH 8082のサンプルでは、ポジティブで好印象のコメントを数多くいただき、塗膜の物性評価も上々です。最近は自動車の燃費基準の厳格化に伴う遮熱用途の声もあり、自動運転の本格化を待たずにビジネス展開できそうです。まさに、あらゆるジャンルへ自信を持って紹介できる“黒らしい黒”の機能性顔料です。

DIC 株式会社 大阪支店 カラーマテリアル製品本部 顔料グローバルセグメントグループ マネジャー 後明 慎太郎

カーボンブラック顔料からの置き換えを図るべき対象は無限

Technical Industry Manager–Automotive, Sun Chemical Corporation Andre Bendo

動運転の安全レベルを向上させるには、将来的にクルマが接触する可能性のあるすべての物体を検出する必要があると考えます。その対象は歩行者が着ている服や自転車、あるいは壁や工事用のコーンかもしれません。これらの素材にはカーボンブラック顔料が含まれているものも多く、クルマのレーザー機能を阻害しない機能性顔料に置き換える必要があります。
そのように考えれば、C&Eが開発した機能性黒色顔料の用途は無限といえるでしょう。また、カーボンブラックは太陽光に含まれる近赤外線を吸収して発熱する性質もあるので、遮熱効果に着目すればさらに用途は広がると思います。

Technical Industry Manager–Automotive, Sun Chemical Corporation Andre Bendo

化学と物理学の融合、高度なエンジニアリングによる成果

Team Leader, Colorimetry & Pigment Physics, Color Materials, Sun Chemical Corporation Dr. Max Mussotter

着色顔料がコーティングに与える価値は視覚領域だけに限定されません。むしろ見えない領域における付加機能が重要です。その代表例が、近赤外線(NIR)による熱やLiDAR技術に影響を与えるNIRの反射・吸収の制御技術です。
これらの技術開発は、世界屈指の顔料メーカーであり、グローバルリーダーでもある当社の真価を発揮すべき領域です。今回の画期的な黒色顔料SpectrasenseTM Blackの開発を通じて、私たちはコーティングにおけるNIRの挙動を明らかにするとともに、近未来のモビリティや高度情報社会で有用となる顔料のあるべき姿を示しました。これは、まさに化学と物理学を融合させた成果であり、私たちの高度なエンジニアリングを実証するものといえるでしょう。

Team Leader, Colorimetry & Pigment Physics, Color Materials, Sun Chemical Corporation Dr. Max Mussotter

3社の知見・技術・販売チャネルを結集してサステナビリティ製品を拡販

DIC 株式会社 カラー& ディスプレイ事業企画部 マネジャー 依田 峰男

欧州を中核とするC&EがDICグループの一員となったことで、米国グループ会社であるサンケミカル社、アジアを拠点とするDICの3社が一体となったカラーマテリアル事業のグローバル経営が始まっています。
今回取り上げた機能性黒色顔料の開発は、遮熱塗料向けに販売実績を重ねた顔料をセンシング用途に適用させた先駆的なもので、C&Eの高度な技術とマーケティングを象徴するサステナビリティ製品です。
今後、こうしたC&Eの機能性色材製品をグローバルな販売チャネルで拡販することはもちろん、DICの研究開発力と融合してさらなる高付加価値化を図り、持続可能性に貢献する製品ポートフォリオを拡充してまいります。

DIC 株式会社 カラー& ディスプレイ事業企画部 マネジャー 依田 峰男

2022年度の特集

優れた信号応答性と意匠性を併せ持つ機能性黒色顔料 SpectrasenseTM Black EH 8082、L 0086 Sicopal® Black L 0095

優れた信号応答性と意匠性を併せ持つ機能性黒色顔料 SpectrasenseTM Black EH 8082、L 0086 Sicopal® Black L 0095

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世界最速硬化の炭素繊維強化プリプレグ DICARBO® LFシリーズ

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軽量・強靭化に不可欠な「炭素繊維複合材」を生産革新、製造時の省エネ化でCO₂排出を大幅削減します。

07 エネルギーをみんなに。そしてクリーンに 09 産業と技術革新の基盤を作ろう 13 気候変動に具体的な対策を 17 パートナーシップで目標を達成しよう