特 集 酵素を使わないのでダメージなく細胞を回収できる温度応答性細胞培養容器「Cepallet®」 3 すべての人に健康と福祉を

温度を下げるだけで細胞を容易に剥がせる培養容器。細胞回収プロセスを大幅に短縮します。

DICの価値創造 iPS/ES細胞などをダメージなく簡単に回収できる画期的な培養容器を開発

酵素処理・かき取り作業によって貴重な培養細胞の生存率が低下

再生医療や創薬への応用が期待されるiPS/ES 細胞は、世界中で研究が活発化しています。研究には高品質の細胞を培養する必要があり、それには煩雑なプロセスと繊細で熟練した技術が求められます。
通常の細胞培養の手順は、①プラスチック製容器(ディッシュやマイクロウェルプレート)の底面に塗布した足場剤に細胞を接着させ②栄養となる培地を加えて細胞を育てます。これを回収する際には、③分解酵素を使って細胞を剥離させ、④スクレーパー(かき取り器)でかき取り、回収します。
しかし、③④の酵素処理では、容器に接着した細胞を酵素で分解して剥がすため、細胞の一部(表面抗原など)が溶け、さらにスクレーパーによるかき取り作業でも、物理的な刺激によるダメージで、細胞の生存率・回収率が低下してしまうのです。これらが培養細胞の品質における大きな課題となっていました。

  • iPS細胞:人工多能性幹細胞、ES細胞:胚性幹細胞。
酵素を使った培養細胞の剥離・回収手順

温度変化で細胞を剥離する画期的な培養容器「Cepallet® 」を開発

2018年、DICは酵素処理やかき取り作業が無く、培養細胞をダメージなく剥離・回収できる培養容器「Cepallet®(セパレット)」を開発。細胞の生存率・回収率を向上させるとともに回収プロセスを大幅に簡素化しました。
「セパレット」の底面には、温度変化によって、細胞が剥がれにくい・剥がしやすい(親水性と疎水性)という相反する性質を発揮する独自の「温感ポリマコート剤」が塗工してあります。これによって37℃の培地で細胞を培養した後、室温以下の培地に交換(温感剥離方式)することで細胞が剥がれやすくなり、容易に細胞を回収できます。
「セパレット」による温感剥離法は、幅広い細胞に適用でき、「培養工程の自動化」にも適し、製薬メーカー・大学・公的研究機関など数多くの研究室における「細胞培養の高品質化」や「作業効率の向上」に貢献します。

細胞培養容器「Cepallet® 」

細胞培養容器「Cepallet® 」

セパレットによる温感(温度応答性)剥離方式

DICならでは 細胞培養の研究室にDICのポリマ技術を活用した高機能器具を

研究室にはDICのノウハウを活かせる改善ニーズがある

DICが「セパレット」の開発に着手した契機は、2013年に国が打ち出した成長戦略の中で「再生医療」を重点施策に掲げたことでした。この未知の領域に、DICが培ってきた化学メーカーとしての知見やノウハウが活かせるシーズやニーズが眠っているのではないか。営業部門およびR&D 部門は、製薬メーカー・大学・研究機関などを訪問して情報取集に努めました。そして、注目したのが 『再生医療や創薬の研究室では、数多くの装置や器具が使われ、細胞培養にも“品質管理”という工業的な要素が求められる』という事実でした。
「研究用器具の多くがプラスチック製だが、この分野ならDICが得意とする高機能ポリマの設計技術や工業的なノウハウを活かし、高付加価値の製品を開発できるのでは」。こうして技術・ R&D部門が一体となったプロジェクトチームを結成。チームは冒頭で示した「細胞の培養プロセスが抱える課題」を抽出し、これまでにない高機能を備えた培養容器の開発によって、細胞の品質向上やプロセス改善に貢献しようと考えました。
この間、DICの中期経営計画「DIC108」の中で、ヘルスケア分野が次世代事業の重点施策と位置づけられ、ライフサイエンス(生命科学)領域への進出に期待は高まりました。

温度変化に応答するポリマコート剤を実用化「Cepallet® 」誕生

細胞培養の作業プロセスを詳しく分析し、開発陣が着手したのはポリマの構造設計でした。どのような機能を持たせるべきか、それによってどのような効果が得られるのか。DICに蓄積された膨大な基礎研究のデータを洗い出しながら設計の方向性を探ります。
試行錯誤の中で注目したのが、温度変化に応答するポリマの研究でした。「培養容器に接着させた細胞の回収過程で、ダメージを与えるのは“分解酵素”と“かき取り作業”だ。この2つを使わ ず、温度によって剥離性が変化するようなポリマを開発できれば、製品化は大きく前進する」。
一見、夢のようなアイデアの実現に向けて、技術・R&D部門が一体となって突き進みました。設計のリーダーは当時を振り返って「細胞を培養できる温度37℃と剥がす温度を設定し、その範囲内で剥離性が変化するポリマ設計が最大のポイントでした」と回想します。しかも実験室で好結果を得られても工業的に安定させるのが容易ではありませんでした。その結果、これまでの技術知見、ノウハウを活用して、ようやく実用化にこぎ着けたのが「温感ポリマコート剤」です。
これをナノレベルの塗工技術で底面に塗工した培養容器「セパレット」によって、分解酵素やかき取り作業が不要となり、培養細胞へのダメージは激減し、回収工程も劇的に改善されたのです。

活性化マクロファージ※1(THP-1細胞)の温感剥離例
  • マクロファージ:免疫機能の中心的役割を担う白血球の一種。
  • トリプシン:タンパク質分解酵素。

KEY PERSON of DIC

オーダーメイド治療が主流の「パーソナルヘルスケア」の時代へ

カラーマテリアル製品本部 ヘルスケア食品製品グループ 製品マネジャー 櫟本 太郎

再生医療の進展は、これまでの画一的な治療から個人が持つ細胞や遺伝子の特性に合わせてオーダーメイドの治療を行う「パーソナルヘルスケア時代」の到来を告げています。DICは医薬品・農薬・健康食品などを手がけてきた中で蓄積した知見とポリマなどの開発・生産で培った工業化技術を融合し、ヘルスケア分野に画期的な製品を提供しようと注力しています。「セパレット」はその第一弾であり、この製品を通じてDICの開発力を広く知っていただき、多様な領域の方々と連携を深めながら、市場に新風を吹き込んでいく決意です。

カラーマテリアル製品本部 ヘルスケア食品製品グループ 製品マネジャー 櫟本 太郎

再生医療学会で発表し、初めて販売された時の達成感は格別でした

新事業統括本部 ヘルスケアビジネスユニット H-2 プロジェクト プロジェクトマネジャー 桜井 美弥

再生医療や創薬で扱う細胞は実に千差万別で、製薬メーカー・公的研究機関・大学の研究室によって、細胞の状態、培地の種類、与える栄養などが微妙に異なります。そのため、ようやく事業化の目途が立っても多種多様な研究室にご評価いただくだけで1年を費やしました。それだけに2018年に「セパレット」を再生医療学会で発表し、翌年に初めて販売できた時は、「セパレット」が世の中に認められたと実感でき感無量でした。

新事業統括本部 ヘルスケアビジネスユニット H-2 プロジェクト プロジェクトマネジャー 桜井 美弥

細胞の培養工程の効率化をターゲットにDICの技術を活用

カラーマテリアル製品本部 ヘルスケア企画・開発営業グループ グループマネジャー 朝倉 弘康

細胞の培養作業には繊細で熟練した技術が求められます。プロセスの一部にロボットなどを導入して半自動化した例も見られますが、まだ人の手に頼る作業が多いのが現状です。これを完全自動化できれば、良質の細胞を均一かつ大量に培養することができます。まさに合成技術の複雑な製造プロセスを工業化・自動化してきたDICの出番です。「セパレット」にもこうしたDICならではの技術やノウハウが活かされ、細胞培養の効率化と高品質化を実現しました。これを足掛かりに細胞培養の自動化に資するような製品開発を推進していきます。

カラーマテリアル製品本部 ヘルスケア企画・開発営業グループ グループマネジャー 朝倉 弘康

研究室の方々から高評価をいただき大学の研究室で初採用

カラーマテリアル製品本部 ヘルスケア企画・開発営業グループ マネジャー 三村 智子

2018年秋に開催された医学関連学会の展示会で、再生医療を研究する大学教授がDICブースを訪れました。そこで「セパレット」のサンプル品をお渡しすると、細胞培養を担当する助手の方々が早速お試しになったのです。結果は「作業がとても楽に早くでき、何より細胞の生存率が大幅に向上しました」と高評価でした。いつも間近で培養作業の大変さを実感されている教授もこの結果に満足され、研究室への「セパレット」納入が決まりました。今後はこうした事例を積極的に紹介し、培養プロセスの改善に貢献したいと考えています。

カラーマテリアル製品本部 ヘルスケア企画・開発営業グループ マネジャー 三村 智子

2020年度の特集

酵素を使わないのでダメージなく細胞を回収できる温度応答性細胞培養容器「Cepallet®」

酵素を使わないのでダメージなく細胞を回収できる温度応答性細胞培養容器「Cepallet®」

温度を下げるだけで細胞を容易に剥がせる培養容器。細胞回収プロセスを大幅に短縮します。

3 すべての人に健康と福祉を
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DUALAMがパッケージ包装の世界を変えていく無溶剤のラミネート加工に新時代を拓く接着剤

3 すべての人に健康と福祉を 9 産業と技術革新の基盤をつくろう 12 つくる責任つかう責任 13 気候変動に具体的な対策を